後藤 秀孝
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JAPAN
【マグダラの】
2013-12-25 Wed 14:13
私は、イエスの墓の外でたたずんで泣いていた。
そして、泣きながら、からだをかがめて墓の中をのぞき込んだ。

すると、ふたりの御使いが、イエスのからだが置かれていた場所に、
ひとりは頭のところに、ひとりは足のところに、
白い衣をまとってすわっているのが見えたのだ…。

彼らは私に言った。「なぜ泣いているのですか。」

私は言った。
「だれかが私の主を取って行きました。
どこに置いたのか、私にはわからないのです。」

私はこう言ってから、気配を感じて後ろを振り向いた。

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すると、主イエスが立っているのを見た。

しかしその時の私には、それが主であることがわからなかった。

私が気付けていないのを知ってか、
主なるキリストは他人行儀に、私にこう言った。

『なぜ泣いているのですか。
だれを捜しているのですか。』

私はそれを園の管理者だと思って、
「あなたが、あの方を運んだのでしたら、どこに置いたのか言ってください。
そうすれば私が引き取ります」と告げた。

一介の女、素性も知れぬ(いや知られたら皆驚く)、そんな女が遺体の引取りを申し出ている。
今思えば、なんとも滑稽な姿だ…。


そんな形振り構わずの私に、イエスは言われた。

『マリヤ。』

その瞬間に。
その一声で。

私は分かったのだ。
それが主のことばであることを。

涙で見えない…その御姿。

でも間違えない。
そこに立っていたのはイエスさまの光だったのだから。…


私は振り向いて、ヘブル語で「ラボニ(すなわち、先生)」とイエスに言った。


すると主は私に言われた。

『わたしにすがりついてはいけません。
わたしはまだ父のもとに上っていないからです。

わたしの兄弟たちのところに行って、彼らに

「わたしは、わたしの父またあなたがたの父、
わたしの神またあなたがたの神のもとに上る」

と告げなさい。』

こうして私、マグダラのマリヤは主の弟子たちのもとへ行って、
「私は主にお目にかかりました」と言い、

また、主が私にこれらのことを話されたと、他の兄弟姉妹たちに告げた。
(ヨハネ20:11~18 参照)


―――――


マグダラの街は商人と買い物客、酒場と娼婦らのテリトリー。
それは私が生まれた頃から変わってない。

初めて客を取ったのは14歳のときだった。
酒が足りないことを憤った“父親”が、私を連れ出して娼館のオーナーに売ったのだ。

相手はべろんべろんに酔っ払った太鼓腹の中年で、口からは厭な臭いがした。
私はそこで、初めて肉体が“穢れる”ことを知った。

それ以来、この場末の娼館で私はさまざまな男と夜を共にしてきた。
若かった頃は、私に熱を上げた商人の息子が耳元で愛と自由を囁くのを聞いて、それを信じ込んだりもした。
しかし、その誤信は必ず悲劇的な(いやいや、喜劇的か?そもそもあり得ないことを、無知な私が信じただけなのだから―――)終焉を迎えるばかりだった…。

結論。

私にとっては人間など信じるに足りぬもの、
偉そうに語っても結局自分の都合のみで生きる、
私の肉体に自分の欲望を吐き出すだけの動物と変わらぬ存在。であった。


年を重ねた今、
私は自分で客を取るよりは、
オーナーの部下として娼婦たちの管理をすることの方が多くなり、

他人の人生を無理やり虚無へと転落させて、
自分がもっとも嫌い蔑んでいた立場へと追いやり、
そこから生活の糧を得るという生き方を選ばざるを得なかった。

そうして私は、心の中で、

ますます年老いていった。
ますます人生に絶望していった。



そんなときだった。

その男が酒場の引き戸を少し開け、中に入ってきたのは。

一目での印象、「大きい。」
背丈はそれほどでもないが、体を使う労働者なのだろうか。骨格が太い。筋肉が太い。

彼はカウンターの前を素通りして、店の奥の席に座り、

そしてじっと、私を見つめた。

一直線に。ただ、私を見つめていた。

私はその強烈な Stare に気付かぬ振りをし、
紫煙を吹きかけながら、周囲の男たちに軽口を叩いた。
そう。普段と変わらぬように。自分が普段の自分であるように…。

だが、視線が泳ぐ。

彼の方へと…。


やはり、見ている。私の方、いや私だけを…。

その視線がずっと私に注がれているのを感じながら、
「ああ、昔会ったお客さんだったかしら…?」などと自己理由を作って。

私は遂に、彼の目線を受け止めた。

そしてストールから降りて、彼の方へ歩み、
「お兄さん…。もしご無沙汰だったらご免なさい?」
「あなたの今夜の相手は誰なの?」

と、客に対するように探りを入れてみたのだ。


彼の瞳は動かない。ただただ、私の目を見ている。

しかし気付かされるのは、
彼のその眼差しには、他の大多数の示す「あるもの」が無い。

それは、蔑み。
それは、商品を見定める肉欲。
それは、憐れみと同情。
それは、穢れたものに対する拒絶。…


「さっきからずっと私のほうを見ているけど、一体何なのさ」

その視線の意図が掴めず、少し声を上げて、私は詰め寄った。

こうすれば何らかの反応が出てくる。その人間の底が見える。

しかし彼は、動揺も、視線を逸らすことも、またにこりともせず。
変わらず私だけを見続けていた。


「何だってんだい!おしのつんぼかい?!」
そう叫ぶと、私はくるりと踵を返した。

二・三歩大股で歩きながら、それでもチラッと後ろを窺ったその時。彼の姿が立ち上がるのが見えた。

『マリヤ。あなたは自分が誰だか分かっていない。』
大きくはない。だが彼は はっきりとした声で、そう言う。

言葉の意味を取りかねて、私は立ち止まり、振り返った。

私の目にある疑念を、彼の言葉が埋めてくれた。もう一度。

『マリヤ。
あなたは自分が誰だか分かっていない。』


私は、自分の眉間に皺の寄るのを感じながら、
怪訝さと苛立ちをもって、彼のもとに進んでいった。噛み付くように。

「私はね、この界隈じゃあ有名な女よ!
誰でも、女を知りたきゃまずは私のところに来たもんさ。

あんただってそうなんだろ?お高く留まってんじゃないよ!!」
最後は吐き捨てるように。私は彼に怒声を浴びせた。

『あなたに言う。

あなたから七つの物が取り払われる。
その時あなたは、自分の真の姿に気付き、
膝は砕け、今のその虚勢は抜け落ちてしまうだろう』


その後の一瞬は、自分でもはっきりと覚えていない。

痛いところを突かれた?
怒りに我を忘れた…?


それとも、
これまでずっと受けてきた暴力と、傷みのスイッチが入った?

私は髪を留めている長い簪(かんざし)を抜いて、一息に刺そうとしたのだ。彼の胸を。

――― 言っておくが、娼婦は誰しも、長い髪を美しく飾るのと同時に、
不当な暴力や誘拐から身を守るために、その鋭利な刃を身に着けている。

年季の入った娼婦なら、先輩から突くべき場所も習っている。
左胸の、あばらとあばらの間に…。―――

両手で逆手に持ち、十分に体重の乗ったバラの刃。
それは鍛えたローマ兵をも、引き下がらせるのに十分な刺突。…


だが。
私の驚きと怒り、
人生の傷を全部、彼は抱いてしまった。

自分の身を守ろうとせず。
引き下がろうとせず。

私が突きを繰り出そうとしたその時に。

予想に反して、彼は両手を広げ、私を抱き止めたのだ。

彼は、
暗殺者のように正確な「致命打」を繰り出した私を、
そのまますっぽり抱きしめてしまった…。



ふと気付けば、私の指先に温かい液体が流れる。
最後の最後に脱力し、根元まで刺すようなことにはなっていないが。

確かに私の刃は、彼の胸を刺した。

それは変わらぬ事実なのだ。


『マリヤよ。
わたしはあなたが見たことも聞いたことも、
想像したこともないような、大いなる事を…。
あなたに告げよう』


抱かれた耳元で、彼が囁く。

事態を察して騒然とし始めた酒場で、
私は力なく崩れ落ちた。

私をこれまで瓦解させずに守ってきた、
エゴやプライドといった武器防具が、
簪と共に地に落ちて。…

私はただただ、幼子のように泣いていた。

―――――

「マリヤ、行こうか」
のんびり屋のアンデレが呼ぶ。



イエス処刑のあと、
様々なことが、私たち主の群れに起こった。

しかしそれは全て、主が地上にあったときに告げられたことだった。


だから、私は行く。

キリストを十字架に付け、殺害したユダヤ人と、ローマ兵たちが蠢く、

死地であるエルサレムへ。

そこで再び、主に会える喜びを噛み締めるために。


だって主は生きている。
そして今も、私と共に歩いている。

エルグレコ_マグダラのマリヤ_2
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