後藤 秀孝
http://afg2.blog74.fc2.com/
JAPAN
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告 | top↑
【受けたもの】
2013-12-01 Sun 23:05
“人はその受けたものしか
他人に与えることはできない”


という意味の記事を以前書いた。

愛や慈しみ、寛容を受けた者は、
他人にも愛や慈しみ、寛容を分け与えることができ、


反対に

傷や差別、悪意、侮蔑を受けた者は、
他人にも負の仕打ちを強いる。


ある人は、減点法でひたすら些事を論(あげつら)う。
ある人は、こちらの言うこと・成すこと全て<意見してやろう><私の正しさを証明してやる>と声を張り上げる。

またある人は、他人の行ないや意志を低く見積もる。
 本当にできるの?本当に大丈夫?と一見親身に振舞いながら…。


全部、
「この人がこれまで受けてきた仕打ちなのだな…」
「親から、教師から、先輩から、上司から…」


そんなことを反芻しながら、
改めて主の十字架を想っていた。



…そうだ。

主は、鞭打たれた。
獰猛なローマ軍処刑人たちの容赦ない責めを、私の代わりに受けて下さった。

主は、十字架の上に横たえられ、
腕を引き伸ばされて、釘打たれて下さった。…


十字架が綱で地から引き上げられ、
地の基である四角形の溝に落ちて固定される時の、
あの痛みと衝撃を、私の代わりに受けて下さった。…


そこに示された、
いのちの対価。
いのちの贖い…。

私たち、確かにそれを受け取っている。


そして、本日の命題。

“人はその受けたものを
他人に与えることができる”


そう。
受け取ったものは、
与えられる。


弱い我ら、でも主よ、
あなたが下さったいのちを、
あなたの義によって私たちは、差し出すことができる。


その覚悟を、
その備えをさせて下さい。

いつでも、
どこでも、
主の求められる その時、その場で…。

あなたが私を呼ばれた、その一瞬に、

我らが喜び、
天を見上げ、主を待ち望みつつ…。

従容と私たち自身を
差し出すことができますように。


私たちのあなたへの愛を、信頼を。増して下さい、主よ。


<死ぬことと見つけたり>の我ら日本人だからこそ。

主よ、常にあなたにあって、
生きていくことができますように。


In Christ alone, my hope is found,
Here in the love of Christ we stand...

スポンサーサイト
別窓 | 「この世の真理」とは | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<【ぶちのめされる】 | キリストの愛を 超多忙なあなたに | 【つながってる】>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| キリストの愛を 超多忙なあなたに |
copyright © 2006 キリストの愛を 超多忙なあなたに all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。