後藤 秀孝
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JAPAN
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【信仰 とは】
2013-10-20 Sun 23:11
信仰の本質とは、突き詰めれば:

「主が共にいて下さる」

という確信だ。


重厚な聖書の学びも、

貴重な証の数々も、

クリスチャン映画も、ドラマも、

あの牧師、あの神父、あのカリスマも…。


全ては信徒一人ひとりが、

創造主である神と、自分なりの精一杯で向き合って、

自分の罪、言い換えれば自分の闇、恥、汚点を…。

噛み締めて自覚し、主にさらけ出すことだ。


そんな我らを、神は蔑まれない。


それどころか神は、
そんな我らのために、愛するひとり子をさえ捧げられた。

それは主イエス・キリストが死に打ち勝ったのち、
子孫である我らに寄り添うためであった。


良いとき、悪いとき、
病めるとき、健やかなるとき、
生けるとき、死せるときにあって尚、

「主が共にいて下さる」

と我らに確信させて下さるためであった。


弱く、愚かで、思い惑う我らに、
人生を通じての真の理解者、慰め主として。

主イエス・キリストは今も我らと共にいて、

我らの道を照らし、
我らの敵を退け、
我らの肩にその御手を置いて下さっている。

いつも、どんな時でも。

「主が共にいて下さる」

荷ってくださる

―――――

「しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。

彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。

それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。」(イザヤ52:10~12)
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