後藤 秀孝
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JAPAN
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【三敵 Illustrated】
2013-05-01 Wed 20:52
「ナニワ金融道」の作者、青木雄二氏。好きです。
その歯に衣着せぬ物言いがいい。
かつ世の真理、私たちの目からは隠されている真理を、ズバリ語られているのがいい。

後藤もこれまで、「三敵(=政府、銀行、雇用主)」について語ってきましたが、青木さんの意見もちょっと参照しておきたいのです。
特にその三敵が支配力を発揮する、「資本主義経済」「貨幣至上主義」という土台についての洞察は的を得ていました。ただ、大変厳しい現実を目の前に突きつけられることは、予めご了承下さい。

これらのメッセージを取り込むことは、

私たちが目を開かれ、世の空しさをより深く認識するためであり、
敵に搾取され続ける無知で哀れな存在ではなく、
知恵を用いて彼らと戦い勝利する者となっていくためです。

(参照:
「青木雄二のゼニの教育論」、2000年、㈱青春出版社
「土壇場の経済学」、宮崎学共著、1998年、㈱南風社)

長文御免、お付き合い下さい。

1.資本主義経済について

「資本主義社会とは、欲望の具現として金を崇拝する社会、拝金社会なのだ」
「資本主義の絶対条件は、国民をゼニ至上主義に洗脳して、文句を言わずに働かせることや」

「資本主義という社会は経済が土台となって成り立っており、政治や文化といえども経済の動向に決定的に支配される。簡単に言ってしまえば、つまりは「ゼニが全ての世界」であり、「ゼニが人間をも支配する世界」である。」

「人間はもともと欲望を持ち、欲望に動かされる存在だ。そして、その欲望が人類を発展させてきたともいえる。(中略)
しかし、購入に購入を重ねても、買ったとたんにまた別の商品が欲しくなる。マルクスが指摘しているとおり、資本主義は自分が呼び出した欲望をコントロールできなくさせてしまう社会なんや。
だからこの社会の中では、僕たちはいつも強迫神経症的な欲求不満状態に陥ってしまう。(中略)もともと流通の便利な道具でしかなかったはずのお金に、人間の方が振り回され、感情や身体まで支配されてしまっているわけや。」




「欲望追求こそ資本主義の原点。封建社会では許されなかった欲望の追求が、資本主義社会では「それぞれが自分の欲望を追い求めても構わん。どんどんいったれ」となった。こうして善し悪しを別にして、人間の欲望を解放し、追及し、さらにもっと上の欲望を際限なく目指すことによって、我々の資本主義社会は発展してきたわけや。

そして、その欲望を満たす不可欠の手段がゼニ、つまり金である。金さえあればどんなモノでも買えるし、結構ないい女も、おのれのものにできる。また資本家になって、どんな商品でも生産・販売することができる。したがって、欲望を追求するということは、いいかえれば金を追い求めるのと同じことなのである。こうして、資本主義社会では金は神のような存在と化し、逆に人間を支配するようになる。」

「この資本主義社会の本質は「叩き合い」「食い合い」だ。弱い者はまんまと借金漬けにされ、さんざんいたぶられる。(中略)
その端的な表れが、自己破産者の激増だ」

「資本主義の本質は、弱肉強食や。学校から「いじめ」がなくならない理由は、日本社会が資本主義という立派な名前の付いた「弱い者いじめ」で成り立っているからだ。(中略)
子どもは、親の姿を通して社会のそういう一面をしっかりと見てるわけやし、誰が弱者かをすぐ見抜く。そういうものや。だから「いじめ」はこれからも何らかの形で続いていくと思う。学校と言うのは社会の縮図だからや。」(後藤編集)

「自由競争といっても、要はカネを武器にしたケンカなのだから、結局は力のある奴が勝って、負けた奴はそいつの子分になるか跡形もなく消えてしまうかのどちらかしかない。当たり前のことである。何度も言うように、資本主義社会とは、マルクスの指摘どおり、ルール無用の弱肉強食社会なのである」

「大阪西成の愛隣地区、東京の山谷、横浜の寿町は、日雇い労働者が自分の家も持たずに生活している町だ。そしてこんなところのホームレスは、当然住民票も保険証も持っていない。つまり彼らが病気や怪我をして、「痛い痛い」と泣いていたとしても医者は診てくれんということだ。実際毎年冬になると、何人ものホームレスが寒さに凍えて死んでしまう。つまりこの資本主義社会では、「貧乏人は死ね」と言っているのである。
会社に雇われているのに「僕は会社員である前に人間だ」なんて意気がっているのは、勝手や。しかしこの社会が資本主義である以上、労働者はどこかの会社に勤めていなければ、このホームレスのように死んでいくしかないということを忘れてはならない。労働者というものは、一生どこかへ労働力を売り続けなければ、人間らしい生き方さえさせてもらえない存在なのだ」

「いろんなテーマの中で今でも印象に残っとるのは、「人の死」というものやった。最近は青少年が引き起こす殺人事件が増えているが、その時の討論でも「人が死ぬのは悲しいことやし、よくないことだ」という意見が圧倒的に多かった。ところが、誰かがびっくりするようなことを言いよった。
「人は簡単に死なない方が、よい社会かも知れん。そやけど、葬儀屋にとっては人が死なんかったら困るのと違うか」
討論が途絶えたところで、臼井先生がいった。
「資本主義の社会では、そういった矛盾を解決するのは難しいな」
それは、世の中には簡単には解決できない矛盾があるということを、わしが初めて知った瞬間やった。」

世の中みな不平等であり、差別は存在する。その土台がカネだ。
「カネ=貨幣という幻想を成立させるための取り決め、その最大のものが、金本位制の導入と廃止であると思うのだ。
金本位制とは、貨幣の価値を一定量の金(保有量に限界あり、後に銀に代わる)と結びつける通貨制度。この制度の下では、銀行券はそれを発行している銀行に持っていけば金貨と換えてくれるという取り決めになっていた。ところが、1970年代に金本位制が廃止され、現在この制度を実施している国はない。つまり、貨幣は今や金と言う裏づけを失って、インクの刷り込まれた紙切れに過ぎなくなってしまっている。極論すれば、虚なるものなのだ。

その虚なるものをめぐって、さまざまな人間模様が演じられ、人がチンポを役立たずにしたり、自殺したり殺されたりしている。だが、資本主義社会に生きる以上、カネはどこまでも付きまとってくる。その中でカネで自滅しないためには、カネは生活していくための切符に過ぎない、モノを買ったり、時間を買ったりする切符に過ぎない。そしてさらにインクが刷り込まれた紙切れに過ぎない、と自分に言い聞かせるしかない」

カネは、動物園の檻だ。それは目に見えないが、私たちの生活を拘束、制限し、抑圧してくれている。

「資本主義社会そのものが、ゼニを持っている少数の資本家を頂点としたピラミッド型の社会構造でできている。このピラミッドが、すでに不平等だ。最も底辺にいる貧しい人々は頂点にいるわずかな人々のために労働し、そして、そのおこぼれでかろうじて自分たちの暮らしを成り立たせている。
建て前としては誰にでもチャンスがある社会と言われるが、しかし、頂点の人々と底辺の人々との格差が縮まる気配はない。その格差を、いかに合理的に、正当なものに見せるか、そこに資本主義社会の歴史の本質があるのだ」

「ゼニを根本にした社会だからこそ、そのゼニの価値が揺らげば人の心が揺れ、国も揺れる。日本が太平洋戦争に突入したのは不景気な時代やった。第一次世界大戦の背景にも世界的な大恐慌があった。また、あのヒトラーが出現したとき、ドイツは不景気の真っ最中やった」

「保証人制度や手形には、一つの企業の首を絞める力があり、一つの家族の運命を狂わせるだけの暴力がある。それを許容しているのは、資本主義社会というものが、こうしたゼニの厳しさの中でのみ働くからや。もっと言えば、だれかのゼニを守るために誰かのゼニを犠牲にする、という精神が根底にあるからや。

得する人間がいるのは、どこかで誰かが損しているから、というのが資本主義の宿命なんやから、これはもう仕方ない。
だからもし、一般庶民がゼニの恐ろしさに気付き、借金の保証人になることをやめたり、手形の裏書をやめたりすれば、ゼニが回らんようになって日本経済が停滞するかも知れん。そうなったら困るから、誰もそういう仕組みをきちんと教えようとしない。国家が、そういう教育を拒否しとるんや。ホンマに都合のええ国や。」

「資本主義社会は、資本家や金持ちなどの強者が損をしないような仕組みになっている。保証人制度などは、その仕組みの典型や。カネを貸したり商品を渡したりした相手が破産や夜逃げをしたとしても、保証人さえつけておけば大損することはない。強者にとって、保証人制度は自分の利益を守ってくれるありがたい仕組みであるわけや」

「資本主義社会というのは徹底した個人主義の社会である。個々の人間が、誰にも迷惑を掛けずに自己責任において生きていかなければならない。そうしなければ必ずトラブルに巻き込まれてしまうからや」

「資本家など一部の金持ちだけがどんどんゼニを儲けていき、そして、その金持ちを優遇する政策の政党が、政治献金をもらって豊かになっていく。そういう不平等な社会なんやで、この国は。そのことをもっと認識せなあかんで。
学校の教科書では平等と言う言葉を、さもありがたいもののように教えとる。しかし今、日本にある「平等」というのは、こういう嘘っぱちの平等や」

「携帯電話というものがなかった時代には、公衆電話に群がっていたかと言うたら、そういうことはない。つまり、会話する必要があるから携帯電話ができたんやなくて、携帯電話ができたから、みんな所かまわず会話するようになった。そういうことやないか?(中略)
これが日本の資本主義の正体や。さも「それが必要だ」と思わせておいて買わせる、優越感(裏返せば、劣等感)を刺激して、どうしてもそれがないとやっていけないような気にさせる。うまいもんや。」
「人間は自分を他人よりもよく見せるものに弱い。高級なものを得る優越感に、人間は弱いのだ。」

「資本か言うのは、新しい「必要」を作り出し、物を買わせ、利潤を生み出すまやかしの錬金術師や。その錬金術によって、日本の資本主義はここまで成長してきたわけや」

「そもそも資本主義というのは借金の踏み倒しを前提にしたシステムなのである。資本主義の中核的役割を果たす企業には寿命があって、歴史的に見ると、欧米や日本のほとんどの企業が倒産している。その大半は銀行などから借金していたはずだから、倒産によって借金は、結果的に踏み倒されたことになる。銀行が担保を取っていたとしても、その貸し倒れ額は天文学的なものだろう。

さらに、資本主義には恐慌・不景気、戦争、革命と言った破局的事態を本質的に避けられない側面があり、現に恐慌、戦争等による壮大な踏み倒しが過去に何度も起こっている。資本主義はもともと、こうした危ういバランスの上に成り立っているものなのだ」

―――――

2. 日本国政府/税務署について

「国民が借金苦に陥っている一方で、大借金を抱えながらもノホホンとしている奴らがいる。国や銀行などの金融機関。それに政治家や。
「借りた金が返せない」のは、僕たち国民だけではない。今やこの日本国自体が、破産寸前の多重債務者のようなものなのだ。

例えば国債。国が保障するといっても、所詮は国民に対する借金。国にとって見れば、税金の前借りに過ぎない。大蔵省の発表によれば、この国債、地方債の発行残高だけで、1998年度末には国内総生産を上回る529兆円!言うなれば、国が国民一人ひとりに500万円の手形を切っているということや。(注:2013年段階では)(中略)

さらに、バブルで残った不良債権。これはそもそも銀行の借金だが、貸し渋り解消だのなんだの言って税金が投入されるのだから、結局国の借金と一緒だ。これが公表されている学だけで76兆円もある。しかも、これは発表されるたびに増えていくけったいな数字で、実際にはこの倍くらいはあるとさえ言われている。

ほかにもまだまだあちこち借金だらけ。これだけ手形を切っていたら、普通の会社だったらとうの昔に倒産している。つまりこの国は、もうそんなところまで追い込まれているということや。

それでも、不可抗力の赤字増大だというのならまだ可愛げがある。ところが現実には国のやっていることは手形の乱発ばかりか、ほとんどマルチ商法まがいの詐欺にも等しいのだからあきれる。

例えば、第二の予算とも言われてる財政投融資。あれ、もともとは僕らが郵便局に預けた郵貯とか年金の積立金なんかが原資や。集めた金をただ遊ばせていてももったいないので、高速道路の建設資金などに突っ込んで運用しようとしたわけだ。高速道路は通行料が取れるから、それで将来返済してもらい、そうやって原資より膨れ上がらせたお金を、年金などで最終的に還元しますよ、ということや。

ところが、である。最初に作った名神高速や東名高速は、黙っていても車が通るから通行料も入ってくるだろうが、今建設中なのは北海道の山奥や山陰などのとても車の通りそうもないところばかり。実入りなど到底期待できない。実入りがなければ金も返せない。返せなかったら手をつけた原資は、底割れしたままや。

となると、「年を取ったら年金として返しまっせ」と言われてせっせと金を払っていたのに、いざその年になっても「国に金がないので返せまへん」といわれることになりかねないということだ。「増えてまっせ、儲かりまっせ」と会員を募り、煽っておいて、最終的には一番下の者にババをつかませてしまう。こんなもん、マルチ商法詐欺以外の何者でもない。

そんな破綻寸前の財政投融資に政治家たちが群がって、自分の懐に金を入れようと躍起になっている。片田舎に強引に高速道路を通すのは、政治家が地元有権者の支持を集めたいからなのだ。工事で儲ける地元建設業者が見返りにその政治家に票を投じたり、政治献金と称してバックマージンを払ったりという構図なわけや。しかも、建設官僚の天下り先の道路公団のファミリー企業がパーキングの店舗など業務を独占していて、そこからまた金がふんだんに入る。つまり儲けているのは一部の人間ばかりで、他の大部分は損するだけ。まさにマルチ商法である。」

「日本の政治と言うのは、富める者を守り、ますます富が集まり易い社会を作る政治や。ということは、金持ちの子どもがいい大学に入り、政治の世界に進出して、金持ちを守る社会を作っている。無論自分も儲けながら、ということになる。きちんとつながっているわけや。結局は教育と言うのは、国家によって巧みに利用されているだけのものなんや。」

「長者番付の本当の狙いは、国民のチクリ合いを煽ることにあるようや。どういうことか、わかるか。
つまり、あれ見た人間が「あいつの納税額がこんなに少ないわけがない」と怪しんで、税務署に告げ口する、それを狙っとるわけや。

実際、長者番付が発表された翌日からは、税務署の電話は鳴りっぱなし、手紙もかなりくるそうや。税務署の思うツボちゅうわけや。
脱税を暴くのは本来、税務署の仕事のはずや。それをわざわざ長者番付みたいなものを出して、それで人間同士を疑心暗鬼にさせておいて密告を誘う。役人の考えることは恐ろしいで。(中略)

結局、一番バカを見るのは正直者だけ。悪どい事して脱税するヤツがおり、楽して人間同士のチクリ愛を煽ることでそういうヤツらを摘発し、少ない労力で仕事してるのが税務署や」

「政府は不動産・ゼネコン業界が抱える膨大な借金を「帳簿から消す」ことが景気回復につながると言い始めている。(中略)政府自らが踏み倒しを公認するようなもの。強者は都合によっては借金を帳消しにすることもあるのだ。これが住専問題で「借りたものは返すべきだ」と一貫して主張し続けた者の発言である事を、頭に置いておかなければならない。強者は経済則と道徳律をうまく使い分けてくるのである」

―――――

3. 銀行について

「銀行にゼニを貸しても、つまり預金をしても、金利はほとんどないに等しい。
ところが、銀行からゼニを借りると、金利はクソ高い。住宅ローンなんか、最初のうちは金利の分ばかりを返す仕組みになっているものが多い。

銀行は、偉そうな顔をして貧乏人からただ同然で浄財をこそぎとり、キャラクターものの通帳やティッシュ、動物のビニール人形でごまかして、アブクのように集めたゼニを不動産や証券取引の財テクに注ぎ込み、いったんそれがうまくいかなくなると、税金で救済してくれ、と求めてるんや。

これは、暴力団が、敵対組織に負けそうになったから警察に手伝ってくれというのと、どこも変わらない。自分たちでは解決しようとしない分、暴力団以下だと言えるだろう」

「銀行の勧める住宅ローン。20年も30年もかけて、分譲価格の倍の金を払い終えなければ、本当の自分の家にはならない。それ以前に返済が滞れば、実は銀行などに容赦なく取り上げられてタダのような価格で競売にかけられる。要するに、金融機関から大借金して、仮住まいさせてもらっているだけのことのなんや」

「銀行は住宅ローンで法外な金利を取っている。その反面、預金者には金利すら払っていないも同然だ。現行金利など金利と呼べるものではないだろう。それでいて、自分たちが勝手に作った借金はしっかり国に補填させる」

「今(1998年)のマンションブームそのものが胡散臭いものなのだ。現在はやや下火になってはいるが、ついこの前まではバブル以降最大のマンションブームと言われていた。だが、これは金融機関と不動産業界、それに建築業界が意図的に煽ったブームだった。

三業界とも、いわずと知れた落ち目の破綻業界。不動産業界と建築業界は銀行の貸し渋りにあって土地の売買も建設工事もできない。銀行は不良債権を抱えて融資する余力がない。その三業界にとっての共通の救済策は、再びマンションブームを煽ることだった。
現に、マンション用地を買う、マンションを建てると言えば、銀行は金を貸した。銀行にすれば、ヒモ付きで住宅ローンの窓口になれるし、ローンの利用者に融資もできる。金融機関にとって、住宅ローンは唯一稼げる相手だから、ここだけには金を出した。不動産業界と建築業界は銀行がカネを出すのは住宅ローン関係だけだと言うので、マンション建設にどこもがのめりこんだ。
つまり、三業界の自救のためのマンションブームであったわけだ。だからこそ、三者がタッグを組んで「地価は底値を打った。今こそマンションを買う絶好のチャンス」と煽りまくったのである。
ところが、マンションは売れたものの、時価が下落し続けるために、購入をキャンセルする契約者が三割にも及んだ。「一割の手付金を無駄にしても、もっといいマンションに移る」という者が続出した。これに慌てた不動産業者は、さらに値引きをしたりサービス品をいろいろつけて引きとめようとする。これを知って、すでに入居した7割の住人が怒り出す…」

1993年頃から登場した「ゆとりローン」(最初の5年は返済額が極小、金利分のみ支払う(=つまり元本はそのまま残る)。6年目より急に返済額が増えるという制度。住宅金融公庫が破綻すると共に廃止された。)も、自宅購入ブームを煽った要因の一つだろう。

「バブルがはじけて景気が急激に下落したとき、政府は稿考えた。「もっと国民に家を買わせれば、景気も回復に向かうのではないか?」そこで持ち家取得奨励政策なるものを打ち出して、住宅金融公庫に「ゆとり返済」のゆとり部分をもっと緩和させるなどの措置をとった。」

「そもそも労働者が住宅ローンのような長期のローンを組むこと自体が危険なことなんや。
まず第一に、住宅ローンは利用者のためをおもって設けられた制度ではない。「貧乏人に不必要なモノまで買わせて企業が儲けよう」という、資本の側が仕組んだ大量生産、大量消費の罠の代表格に過ぎない。その典型が「ゆとり返済制度」や。(中略)
第二に、労働者にとって住宅ローンが危険なのは、会社にも寿命があって、決して永遠に存続するものではないからや。
実は驚くなかれ、なんと会社の寿命は平均わずか30年というのが定説になっているのや。(中略)会社が潰れたのでは、ローンの支払いもへちまもない。だが、この大転換期である。会社の平均寿命30年は縮まりこそすれ、永らえることなど考えられない。30年超ローンなんか、危ない、危ない。
第三には、20年、30年の間には、人生何が起こるかわからん、ということや。労働者は会社に「労働力」を売って生活する存在である。だから、明日も今日と同じパワーの労働力を発揮しなければならない。(中略)住宅ローンというのは、お父ちゃんが20年、30年もの間、何の事故も起こさずに毎日毎日同じ労働力を発揮し続けることが前提になっている。そんなこと、土台無理なんや。無理が前提となっている以上、破綻は必然とさえ言える。そして、一回でも破綻したらローン地獄へまっさかさまだ。長期ローンとは、それだけ危険だということである。」

解決法=必死こいて現金を貯めて、繰上げ返済。

―――――

3’. ローン・クレジットについて

「決済先送り=貧乏人に限界以上にモノを買わせるシステム。
この資本主義社会では、製造業が大量の商品を生産し、それを流通させて大量に消費させた方が儲かる。というより、そもそも資本主義は、競争しながら貪欲に拡大・拡張を目指すシステムであって、より大きな生産→消費へと発展していかなければ成り立っていかない。

しかし現金決済では、大量消費に限界がある。さっきも言ったとおり、消費者の大多数を占める貧乏人は、生産された商品を次々と買う金など持っていないからや。そこで、「代金の支払いは後でもええ、まず物を買うてくれんか」という「決済先送り」のシステムが出来上がったというわけや。

もちろん、そこは資本家だから抜け目はない。「こいつら貧乏人からホンマに金を回収できるんか?」と疑う製造側に対して、「心配ならわしが保障したる」といって、銀行や信販会社が生産者と消費者の間に入って貸し倒れのリスクを負担する。そしてそのかわりに、しっかりと消費者から金利をぶん取る。製造業者と金貸しが、うまいこと結託したわけですな。

その上で、製造側も金融側も決済を確実なものにするために、大量消費を煽る。同時に、やれキャッシュレス時代の到来だの、ポイントが貯まるだのと、消費者をその気にさせるチョーチン記事も氾濫させる。だが、あんなものはみんな、この決済先送りシステムを定着させるための策略に過ぎない。要するに、限界以上にモノを買わせて、売り手や金融業者を肥え太らせるシステムが、この決済先送りというわけや。(中略)

この「決済先送りシステム」は、二重のからくりで成り立っている。第一にモノを大量に消費させて借金を負わせ、第二に「金利」という負のオマケを負わせて、相手からさらに金を搾り取る。」

「カードの分割払いで買い物したりキャッシングローンを利用するのは、カード会社から高い金利で借金していると言うことや。しかし、誰もそれを考えない。
カードの契約書言うのは、たいてい細かい文字でギッシリ書いてあるから面倒くさがってきちんと読まんけども、信販会社のカードやと年利が20%から多い場合は28%、銀行系のカードにしても9%から13%というのが相場や。しかし、誰もその数字を真剣に考えない。
何故ならば、カードを使って分割で買い物すると言うことは、一度も現金を見ないで品物が手に入るということだからや。分割払いにしたら、月々にしてみれば小額の銀行引き落としやから、たいへんな金利を取られていしまうという実感がぜんぜん湧かない。品物だけは目の前にあって、カネは見えないところで動いている。
現代社会には、こういう取引が多い。ある意味では、借金の保証人になることも手形の裏書することも、そこに現金がないからこそ、だれもがその重要性に気付いていないのかも知れん。まるで幻想のように、ゼニが見えないところを動いとる。」

―――――

4. 雇用主/企業について

「産業ピラミッドの頂点にいる少数の大企業。そしてその底辺にいる多数の零細企業。その間を埋めるさまざまな企業。そういう巨大なピラミッドの中で、大きい企業は小さい企業に仕事を安く投げ、大きな利益を上げようとする。もちろん投げられた企業は、さらに小さな企業へと仕事を任せて、やはりここでも、なるべく利益を上げようとする。三角形の上へ行けば行くほど富は大きくなる。逆に、小さくて力のない企業は、いつまでたっても無力なままだ。もちろん、泣き言でも言えば仕事が回ってこなくなるから、文句は言えない。まさに「弱い者いじめ」や。」

「資本の大きな大企業には仕事が集まり富が集中する。あるいは、偉い政治家になれば様々な利権が集まってくるいうことや。」

「商品の流通ルートにも「いじめ」がある。売れそうな商品が発売されたとき、有名店には真っ先に大量に仕入れさせるが、販売力のない小さな小売店にはなかなか仕入れさせない、ということがよくある。販売のチャンスは平等ではない。」

「また、会社の上下関係でも同じようなことが行なわれとる。上司はストレスを部下にぶつけて、ぶつけられた部下は、更に下の者に憂さを晴らす。これかて立派な「弱い者いじめ」だ。それが資本主義の本質だ。」

「人を騙すのは悪いことや、と家庭や学校では教える。けれども、この資本主義の世の中は、人間同士騙し騙されることで成立している。ウソやと思ったら、資本主義の基本となる<資本>というものがどうしてできるのかを考えてみるといい。

サラリーマンが一日8時間以上働いて、企業が給料を払い、たまにボーナスを出す。今どきではヘタを打って倒産する企業もあるが、証券やベンチャー、金融に手を出さず、普通に健全に運営されている企業は絶対といっていいほど潰れない。これはなぜか。それは、企業がサラリーマンを騙して、余分に働かせたゼニを搾取しているからや。

サラリーマンひとり一ヶ月働かせて、企業には100万くらいの利益が上がったとする。そうしたら、サラリーマンの給料はいくらか。20万円程度や。企業は80万円をぼろ儲けしている。それに加えて、企業は自社の株を交わせたり、自社の製品を買わせたり、社員の親戚一同に商品を買わせたりする。これは、マルチ商法と同じや。
感性豊かな人材で、社員とともに未来を築く、なんていう社員募集広告は、全くのでたらめやということになる。あまり感性が豊か過ぎると、その資本主義のインチキに気付いて早々と辞めてしまったり、神経に支障をきたすのがいい証拠や。」

E.g. 介護報酬によるヘルパー一人の収益
<30分以上、1時間未満の身体サービス>
単価:4,020円 × 8時間労働 = 32,160円/日
日額:32,160円 × 22日勤務 = 707,520円/月

内、支払われる給料:
18~24万円?社会保険費抜いたとしても、

=40~45万円は、経営者の利益となる

騙されとるな…。

「日本人言うのは、8時間働いても、自分の取り分はせいぜい2時間分。残り6時間分のカネは資本家のモノになる。どこが平等や」

「サラリーマンとは何ぞや。ここでサラリーマンを定義してみようやないか。
まず第一に、生産手段を持っていないこと。生産のための道具や機械等を所有していないということ。
第二に、資本家に雇われていること。雇われるとは、自分の労働力を売って、その賃金を受け取って生活しているということ。
そして第三、自分の労働全部に対する支払いを受けていると「勘違い」し、搾取されていることに気が付いていないこと」

「世の中には幻想がある。同じサラリーマンでも、タダのサラリーマンとエリートサラリーマンがある、という幻想や。(中略)
誰もが、タダのサラリーマンではなくエリートのサラリーマンになりたいと考える。そしてそのためには一流の大学に入りたいと思う。そういう「一流幻想」「エリート幻想」が日本人の原動力となり、日本社会を動かしていると言ってもいいだろう。しかし、サラリーマンとは、あくまでも労働者のことなんや。

「タダの」も「エリート」もない。搾取されている階層と言う意味では同じだ。(中略)経済的に追い詰められた社会の中でリストラの嵐が吹けば、ともに吹き飛ばされてしまう。その現実を、全ての国民がしっかりと目を見開いて直視すべきや。」

「学校では、どんな職業にも貴賤はない、どんな仕事でも価値は平等だと教える。そう教えとかんと、都合が悪いからや。
もっといえば、「どんな職業でも、一生懸命に働けば何とかなるだろう」という社会心理が世の中を支配している。

それはつまり、国家にとって都合のよい社会心理や。国民がそう思い込んでくれなければ、なかには、働かなくなる人が出てくるかもしれない。そういう人が増えたら、経済的な仕組みが乱れて、社会が成り立っていかなくなる。それでは困るから、国家は学校教育を通じて、「一生懸命働けば何とかなるだろう」という心理を植え付けるわけだ。」

「リストラの心理。
リストラと言っても、「全部クビ」というわけではない。まずは「いてもいなくてもいい6割」の給料を、なんとか下げようとする。今流行の「年俸制」もその一環。もともと日本企業の年俸制の導入は、最初から「賃金を抑制」することを目的にしているのだ。
これまでの年功序列賃金体系では、基本給の削減は15%が上限と定められていた。ところが年俸制だと、2割削ろうが3割削ろうが法律的には何の問題もなくなってしまう。住宅手当や家族手当も一切なし。時間外手当も、標準残業時間を予め年俸に織り込むシステムをとっているところも多い。つまり「標準」よりいくら長いこと残業しても、それはタダ働きということや。
おまけにプロ野球と同じ単年度契約だから、「来年は戦力外」と判断されれば即職を失ってしまう。(中略)
年俸制は実力主義、アメリカ的でカッコいいと思っているかもしれないが、実際には体のいい給料削減策として使われている場合が多いのだ。

そして、いよいよ要らない残り2割のクビ切り法。一応この国にも労働基準法というものもある。いっぺん雇った社員をクビにするには、クビにする30日前にそのことを宣告しておくか、1か月分の給料を払わなければならないことになっている。それにしたがってクビにしたとしても、後から「不当解雇や」と訴えられる可能性もあるわけや。もしその訴えが認められたらクビにしていた間の給料も支払わなならんようになるから、会社は大損をこくことになる。だから会社は、社員の方から「辞めます」と言わせるようにあの手この手(希望退職者募集、異動、無期限出向…)を使い分けてくるのだ。

年俸制度に近いが、能力給というのも、クビを切るのにうまく使えるやり方だ。能力に応じて平等に給料を払うと言えば聞こえはいいが、要はコイツをクビにしようと思ったら、会社側は無茶なノルマを課して「成績が落ちた」と難癖をつけて給料下げてしまえばええわけや」

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