後藤 秀孝
http://afg2.blog74.fc2.com/
JAPAN
【粋な 配慮】
2013-04-07 Sun 08:36

後藤の身の回りには、死を思い浮かべながら一日、また一日と過ごされる方たちがいます。ご高齢者の終の棲家…。

彼らの忍耐、克己、そして昇天される姿を霊で追いながら、

「どうしたら慰められる……」
「死に向き合っている彼ら自身のみならず、
そのご家族、
そして介助者も含めて、
どう死を捉えれば慰められるのか」

そんなことを考え、答えを探し求めてきました。


そこで出会ったのが、ご自身も永く死に晒されてきた作家、遠藤周作氏の著書ですし、
彼の紹介されたキューブラー・ロス著作の一項でした。抜粋します。(若干の編集あり)

「世界的ベストセラー「死の瞬間」の著者キューブラー・ロス博士の話を時々私は紹介します。それは彼女が、一度死んで息を吹き返した蘇生者2万人に、

<あなたは死んでいる間に
どういう体験をされましたか>


というアンケートを実施し、学会でその結果を報告した際の話が印象深かったからです。



彼女の報告によると、回答の中には共通した体験が3つあったそうです。

その一つは、
意識を失った後、自分の肉体がはっきりと見えた
というのです。分かりやすく言うと、ベッドの上に自分の身体が横たわっていて、それを肉親たちや医者が取り巻いている光景がはっきり見えたということです。

実際キューブラー・ロスが立ち会った例のことですが、全く目の見えなかった老婦人が意識を回復した後、
「先生はあの時、こういう服装をして私のベッドの傍らに立っておられました。」
と、その服装の色までをロスに言ったそうです。つまり目が見えない女性が、自分の病室の光景をはっきり見たわけです。その婦人は息を吹き返した後、また目が見えなくなってしまったそうです。

時間と空間がなくなり、たとえば、サンフランシスコで死んでも、ニューヨークのお母さんがその瞬間に何をしているか、ということがはっきり分かったというケースもあります。会いたいと思う人が、今何をしているかがはっきりと分かるのです。

二番目に共通している体験は、
かつて亡くなった人たちの中で、
自分を愛してくれた人、
たとえば親とか兄弟姉妹とか、
妻とかが自分の背後に来ているということを強く感じ、
傍らに立って彼らが自分を
助けようとしているのが分かった
そうです。

三番目には、―――これは重大です。キューブラー・ロスの言葉によると、多くの人たちが慈愛に満ちた、何とも言えない柔らかい光に包まれたと言うのです。しかし、そこから先には行けず、息を吹き返してしまったそうです。しかし、そこから向こうに行きたいと言う気持ちが強く起きたそうです。

これらの報告を、彼女は宗教やイデオロギーめいた宣伝をするためではなくて、一人の医者として、末期がん患者のアンケートを報告するのと同じように、淡々と報告したわけです。」(遠藤周作著、死について考える pg 41、85~87より)

―――――

死を覚悟の手術室入り。医師・看護婦の他は、入室できません。
一番近しい家族や、信頼する友さえ同席できないのです。


「こっからは、あの方が共なされます」


私たちクリスチャンは、『あの方』が誰だか、はっきり分かっている。

そして『彼』が上記のような粋な計らいを、恐らくどんな罪びとに対しても与えてくださっていることに感謝するのです。

なぜなら、天の光に晒されてなお、
「神さま!助けてください」と叫ばない人間はいないから…。

我々の死の瞬間にさえ、神を信じ、
神に明け渡す機会を与えてくれたこと。

あなたのその大きな愛に、ただ感謝します。

救いの手
スポンサーサイト
別窓 | 神さまってどんなかた? | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<【ロスジェネ的未来予想図③】(滅亡へのトッカータ) | キリストの愛を 超多忙なあなたに | 【正しい 富学】>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| キリストの愛を 超多忙なあなたに |
copyright © 2006 キリストの愛を 超多忙なあなたに all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
/