後藤 秀孝
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【死の床の 同伴者】
2013-03-07 Thu 20:59
とあるご高齢者の枕元で。
面会を終えた私がそろそろお暇を、と切り上げようとしたときに、彼が不意にこう言ったのです。

「水…、水が飲みたい…」

その方は、飲み込みに問題がありました。
つまり何かうかつに飲み込めば、胃ではなく肺に入り込んでしまい、誤嚥性肺炎を発症。死に至る可能性が高かったのです。このため病院では点滴にて、彼の命を懸命に、彼岸のこちら側につなぎ止めていました。

その弱々しい言葉を聞いた瞬間、私の目にある光景が浮かんだのです。

それは、

『I thirst.(わたしは渇く)』(ヨハネ19:28)

と言われた、十字架の上のイエス・キリストです。


私はガーゼを濡らして、彼の唇を拭きました。
―――そこで彼らは、酸いぶどう酒を含んだ海綿をヒソプの枝につけて、それをイエスの口元に差し出した―――

ギザギザの虫歯を避けながら、歯茎、口の奥、口の天井、そして舌を拭いました。
「他人に口の中を弄られるのはさぞかし嫌だろうな」と想う私の偏見をよそに、彼は静かにあごの力を抜いて、私に委ねました。
―――イエスは、酸いぶどう酒を受け取られると、『完了した。』と言われた―――

そして私は席を立ち、病床のご高齢者に別れを告げたのです。電気を消し、お休みなさい、と呟いて。
―――そしてイエスは頭をたれて、霊をお渡しになった―――


私は、『I thirst.』と言われた十字架の上のイエスを見上げて、海綿を差し出した兵卒のように。


死に向かい進んでいく彼の前に、ただただ無力で、
涙を浮かべて去ることしかできなかったのです。


【死の床にまでも】
でも、私には救いがありました。

もし私が何年かの後に、彼のように死の床に着いて、
「これから」の希望をもはや持てなくなったとしても。

私には、自ら死んで見せてくれた、
死ぬお手本を見せてくれたイエスさまがいたからです。


そのことを想ったとき。
私に展望が与えられたのです。

私たちが、
共にゴルゴタへの道のりを歩み、
十字架の重みをほんの少しだけ担い、

鞭のうち傷と、あふれ出た血潮と、
貫通した釘の傷みとに自分自身を重ねたあの方…。

私たちがその傷だらけのお身体を、
十字架の上に見出したとき。

『父よ。わが霊を御手にゆだねます。』
と霊を解き放たれた主に、自らの霊を重ねたとき。


主もまた、
私の生涯の同伴者となられたことを。



私の病床の横に置かれた椅子には、
他でもない、イエスさまがいつでも座っておいでになる。

『恐れるな。わたしはあなたとともにいる。
たじろぐな。わたしがあなたの神だから。
わたしはあなたを強め、あなたを助け、
わたしの義の右手で、あなたを守る。』(イザヤ41:10)

神である主が、傍にいてくれる。
ただその御恵みによって、
「天への凱旋」と言う希望を与えて下さる。


私が死に至るその時まで。
天が開かれ、あの光の中に飲まれて主と再会を果たすその時まで…。

「私は一人ではない。
主が共にいて下さるから。」
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