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後藤 秀孝
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JAPAN
神に託された「選択肢」
2006-11-28 Tue 20:00
これまで数々のブログエッセイの中で、神さまについて語ってきましたが、今日は神さまがあなたに――あなたが犯罪者/聖人であろうと、病人/健康であろうと、弱者/強者であろうと、一人ぼっち/大勢であろうと――与えてくれた一番の贈り物について話しましょう。
それは、言うまでもなく、あなたの「生命」です。そして、あなたがその与えられた時間の中で何をするか、どう生きるのかという「選択肢」のことでもあります。

神さまがこの世界に「人類1号アダム」と「人類2号イブ」を創造された時、二人には選択肢がありました。それは、エデンの園で管理人として暮らしていた二人が、神さまから釘を刺された注意事項です。
「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。
しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」
つまり①神さまに従って、知識の実から遠ざかり、正しい道に生きるか、それとも②サタンが唆(そそのか)したように、実を食べて自ら「神のようになる」かです。

残念ながら、私たち人類の遠いご先祖は、欲望に逆らえませんでした。二人は知識の実を食べ、「二人の目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った」のです。人類最初の「神への反逆」でした。

反逆の代償は高くつき(=死)、その後、人類皆が後悔する羽目になるのですが、そもそもなぜ神さまは、人類のプロトタイプである二人に、意思を与え、選択肢を与えたのでしょうか。なぜ単なる園の管理人として、忠実で、言われたことだけを実行するロボットのように、人類を創造しなかったのでしょうか。

それは、神の似姿に創られた人が、「自分の自由意志で神を知り、神の道に従うことを選び、神を愛する」ようになるためでした。プログラムされた機械や、筋書き通りのドラマでなく、自分で主を選んで、神さまが愛してくださったように、そのように、神さまに愛のお返しをする。もしくは、神さまなんて、全く気にしない。その選択肢をさえ、与えて下さったのです。

『見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。(黙示3:20)』という言葉どおり、神さまはあなたの心の扉の外に立ち、ドアをノックし続けています。私たちに必要なのは、この神さまの愛を感謝して受け取って、周囲の強制でなく、恐怖からでなく、ただ自分の自由意志によって、「神さまありがとう。これからもよろしくお願いします」と言ってドアを開くことです。

他人には言えない、自分の中の暗闇――弱さも、罪も、恐怖も、恥辱も、悩みも、怒りも、不安も、苦しみも、全て神の御前にさらけ出してしまうことです。「わたしは罪深い人間だから、神さまの愛に値しない」「もっと人助けをしてから、神さまに向かおう」などと言って、神さまを遠ざけるようなことはしないで下さい。神さまは掛け値なしに、あなたのことを愛しているんですから。今、この瞬間のあなたの決断が大事なのです。

あなたが神さまの愛を受け入れる決断をされたのなら。カテゴリーにある、『信仰の祈り』を言葉に出して言ってみてください。心を静かにして、あなたの中に神さまの大きな、温かい愛が入ってくるのを感じてください。
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