後藤 秀孝
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JAPAN
【ことばは 人となる】
2013-01-15 Tue 23:35
高齢者介護施設の一室で、点いていたTVよりこんな言葉が聞こえてきた。

「おたんこなす」
「あんぽんたん」
「ごくつぶし」…

「短ナス」?
「タン」の「あんかけ」?
「極!潰し」…?

年配の女性が恨みとともに吐くこれらの言葉が、
後藤の中でまったく実体を伴わないことがおかしかった。


誤解なきよう。もちろん新聞社説や辞書でそれらの意味するところは知っているが、発音的に?けなされてんのか?今一つ分からない表現だ。

そこで感じたのは、

「言葉」は「感情」(つまり上記で言う「実体」)が伴わない限り、
受け取る側において 意味を成さない。
ということだ。


同時にこんなことも思い起こされる。
世界には「殺す」という言葉や、「戦争」を表す単語が存在しない民族があったこと。(*)
ナポレオンも「不可能」という単語を努めて拒絶していたらしいこと。

逆に言えば、物事が「名前」を勝ち取り、
そこに「意味合い」と「感情」が与えられ、受け容れられたとき、

言葉は私たちの中で受肉する。


聖書にもある。

「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。
私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。
この方は恵みとまことに満ちておられた。」(ヨハネ1:14)

イエスさまは、

我々人類が受けたことのない「愛」を、
実感を伴って経験し、吸収することができるように、
与え続けてくれた。

誰も信用できない、そんな人間関係の中で。
互いに赦し愛し合う「仲間」、「兄弟姉妹」の群れを、
時に愚かで時に弱い弟子たちと築き上げた。

苦しみ、孤独、迫害、言われのない侮蔑、
そして肉体の死に至るまで…。天の父にある「約束」を
しっかり握って歩む勇気を、先駆者として示してくれた。

『この世はあなた(神)を知りません。しかし、わたしはあなたを知っています。
また、この人々は、あなたがわたしを遣わされたことを知りました。

そして、わたしは彼らにあなたの御名を知らせました。また、これからも知らせます。
それは、あなたがわたしを愛してくださったその愛が彼らの中にあり、またわたしが彼らの中にいるためです。』(ヨハネ17:25~26)

主のみことばは、読み込むほどに、
万感の想いをもって受け取り、抱きしめ、豊かなその流れに心あわすことができるもの。

単なる字面から、主を信じる信仰によって、いのちと聖霊に支えられた「生きていることば」の姿を明らかにしてくれるもの。

そして段階的に、私たちの中におびただしく固着・凝縮する雑音、悪意や絶望を、その「いのちのことば」で上書きしてくれるもの…。

「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝に溢れて心から神に向かって歌いなさい。
あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。」(コロサイ3:16~17)


あなたはどちらを選ぶだろうか。

世が垂れ流す、太らせるだけが目的のガチョウの餌のような、抗生剤、添加物と合成着色料にまみれた「言葉」か。

それとも真理に立つ神のみことば か。

(*イヌイット人、アイヌ人などは、戦争という言葉(概念)を近年まで持たなかったそうだ。その代わり、「雪」の状態を表現する言葉が30以上あるとか…。)
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