後藤 秀孝
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JAPAN
【教養って】
2012-12-16 Sun 22:34
上野・東京文化会館。
炊き出し後、トイレとコーヒーとちょっとした休憩の場を求めて、よく立ち寄る場所。

クリスマスも間近の15日(土)、会館内は有名な奏者やオペラ歌手目当ての聴衆で沸いていた。

教養とは行動を伴う愛情の発露だ



誰もが正装で、誰もがおしゃれして、誰もが嬉しそうである。そうして上野くんだりまで来て、1時間なり2時間、世間が賞賛する芸術に触れる。耳の贅沢、心の癒し、追っかけ、本物を知る、自分の技術の研鑽、喜びを求める…。

感想は多分2種類、いや3種類。

①素晴らしい演奏だった。特に○○の××がホニャララで素晴らしかった。
②全体的に合格だったが、残念である。○○の××がホニャララだっただけに、惜しかった。
③よく分からないが、良かったんじゃない?(…寝てたくせに)。

私たちが、いかに教養あふれる人間なのか。
音楽に、芸術に理解ある人間なのか。
どんだけ薀蓄語れる人間なのか。

ね、俺って/私って、イカしてるでしょ?


そうやって、確認しているのかなァ。

私たちは、満たされている。
私たちは、分別がある。
私たちは、幸福だ。

(平均以上に)。

でもさ、教養って何だ?

教養とは、他人の痛みに心合わせられる柔らかな感性ではないのか。
それらをただ感じ取るだけでなく、
現状をより良くする行動を伴った知恵が、真の教養なのではないか。


そんな「音楽会出席」しても、お友達とお喋りしても、見栄はってお洒落しても。
俺は私は幸福ですから。そう思い込もうとしても…。

私達は、『自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない』(黙示録3:17)と悟るだけだ。

その胸の奥には、埋められない虚無がある。
虚無を埋めるには、この世の富や快楽をどれだけ放り込んでも足りないのだ…。栄華を極めたソロモンがそうであったように。


だからこそ私達は、自分にこそ癒しと、目が開かれることと、助けが必要であることを、知らなければならない。

今こそ、神の恵みと助けを求めよう。

健やかなる者もいつか病み、
愛する者もいつか忘れられ、
強い者もいつか過ぎ去るからだ。
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