後藤 秀孝
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JAPAN
「Fear not(怖れるな)」
2007-07-30 Mon 10:49
何か新しいことを始めようと思うとき。人間、不安はつきものです。

NGOの仕事もそう。その不安を緩和するために、事前に念入りに計画します。
「ログフレーム作成*」「事業コンセプト立案」「事業計画」「公開入札」「三社見積り取得」「予算設計」「為替変動・インフレ予測」「保険加入」「外注にてリスクヘッジ」…。
そして、こうして計画された事業計画に沿うよう、慎重に実施していきます。

予算に限度があるので、それによって事業期間、派遣できる国際スタッフ数、出張回数、雇用できる人数、車両数、配布可能物資量、受益対象村/者数…全てのパラメータが変動してきます。

その事業計画を実施するに当たっても、時間経過に伴う状況の変化、予想外の遅延・出費・事故などがあるので、常にその<限度>との戦いです。自分たちでカバーしきれない専門分野・地域・対象者などに関しては、政府機関・国連や他の団体と調整・協力します。大きな「全体計画」の中で、互いに補完しあいながら事業を進めていくわけですね。

このようにして、「私たちの選択はベストなのか?」という究極の問いに対する答えに、正当性を与えます。対外的にも納得のいく説明ができ、「正しいことを、正しいやり方でやっています」と自信を持って言えるように。そうやって「怖れ」をコントロールするのです。抑止するのです。


反面、神の仕事はどうでしょう。
「反面、」という言い方で始めてしまいましたが、共通点も多くあります。ここで、旧約ネヘミヤ書を少し参照しますと、ネヘミヤが故郷エルサレムより逃げてきた同胞から、その状況を聞いたとき。彼はその惨状に嘆いて、喪に服し、さらに断食して神に祈りました。

そんなある日、献酌官(本来酒の毒見ではありますが、王との距離・親密感や、その献身から政治顧問的な役割りを果たす)としての本業で、王に杯を差し上げたとき、ネヘミヤに元気がないのを見取った王が「どうしたのか」と尋ねたのです。

『…私はひどく恐れて、王に言った。「王よ。いつまでも生きられますように。私の先祖の墓のある町が廃墟となり、その門が火で焼き尽くされているというのに、どうして悲しい顔をしないでおられましょうか。」

すると、王は私に言った。「では、あなたは何を願うのか。」そこで私は、天の神に祈ってから、
王に答えた。「王さま、もしもよろしくて、このしもべをいれてくださいますなら、私をユダの地、私の先祖の墓のある町へ送って、それを再建させてください。」

王は私に言った。――王妃もそばに座っていた。「旅はどのくらいかかるのか。いつ戻ってくるのか。」私が王にその期間を申し出ると、王は快く私を送り出してくれた。

それで、私は王に言った。「もしも、王様がよろしければ、川向こうの総督たちへの手紙を私に賜わり、私がユダに着くまで、彼らが私を通らせるようにしてください。
また、王に属する御園の番人アサフへの手紙も賜わり、宮の城門の梁を置くため、また、あの町の城壁と、私がはいる家のために、彼が材木を私に与えるようにしてください。」私の神の恵みの御手が私の上にあったので、王はそれをかなえてくれた。

私は、川向こうの総督たちのところに行き、王の手紙を彼らに手渡した。それに、王は将校たちと騎兵を私につけてくれた(ネヘミヤ記2:3~9)。』

ここで言いたいのは、「祈りの重要性」ということと同時に、「準備/計画の重要性」についてです。

実に、ネヘミヤの祈りはキスレウの月(12月)からニサンの月(4月)まで続きました。その間、彼は同時に「事業計画」を立て始め…神がアルタシャスタ王に働きかけて、ネヘミヤに尋ねさせたとき、彼はすぐに的確な回答が提示できたのです。

そう。成すべきこと、目標達成に必要な物資・人材・許可・期間などをしっかりと把握している人間なら、他の人々から支持を得ることは難しくありません。それはNGOの仕事柄、学ばされるところが大きかったですね。


全ては神によってなります。正しい。
話すべきことも、必要な指示も、聖霊によって与えられます。正しい。
そして、聖霊を通じ与えられた計画を咀嚼して、いつでも世に示せるように準備しておくのが、私たちの役目です。それは、私たちの宿題であり、私たちの担当分野です。

神さまは、あなたのドアをノックする「チャンス」も全て手配済みです。
その計画の中には、あなたの成功も、失敗も、失敗からの教訓も、その教訓の上に立つ成功も。全て記されていますよ。そして、全ての困難は最後に益にかわり、あなたの人生に喜びと平安が溢れることも。

だから怖れないで。

「In Lord Jesus Christ, you can, and you will(主にあって、あなたには、できる。そして、あなたはそれを達成する。)」

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今日のゴスペル
2007-07-28 Sat 15:45
ゴスペルは、元気が出る歌です

まだ、あなたがキリストの道にいなくとも
歌詞の一つひとつが

いつかあなたに語りかけて
あなたを導いてくれるはずです



だから、ただ聞くだけでなく

声を張り上げて

あなたの過去を
あなたの痛みを
あなたの不安を

主にあなたのこころを注ぎだせるように

教会に行って、歌ってみましょう

ごとう ひでたか 拝
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I Believe
2007-07-28 Sat 15:20
聖書にこんなくだりがあります(意訳)。

<さて、イエスがカペナウムの町に戻ると、群衆は喜んで迎えました。みなキリストの帰りを待ちわびていたのです。するとそこに、ヤイロという人が来ました。この人はユダヤ人の会堂管理者でしたが、主の足もとにひれ伏して、自分の家に来て頂きたいと願い出ました。
と言うのも、彼には十二歳ぐらいの一人娘がいて、病で死にかけていたのです。そこで、イエスが向かうと、群衆がみもとに押し迫って来ました。このため、一行はなかなか前に進めません。

その群集の中に、十二年の間長血(血の混じったおりものが、長期間出る婦人病の一種で、激痛を伴う)を患った女性がいました。有名な医師を頼り、時には高価な薬草や呪術などにも頼ってみましたが、全く改善しませんでした。彼女は、弟子たちが守ろうと必死のバリケードを築いている主イエスの後ろに近寄って、思い切ってイエスの着物のふさにさわりました。すると、たちどころに身体の中の痛みと、出血が止まったのでした。

その瞬間、キリストは振り返ると、「わたしに触ったのは、誰ですか。」と尋ねました。皆首を振って、自分ではないと言ったので、ペテロは、「先生。大勢の人がひしめき合っているのです。誰が触ったか判断するのは難しいでしょう。」と告げました。

しかし、イエスは、「誰かが、わたしに触ったのです。わたしから力が出て行くのを感じたのだから。」と言われたので、その女性は「隠しきれない」と思って、震えながら進み出ました。そして御前にひれ伏して、全ての民の前で、主に触った理由と、たちどころに癒された次第とを話しました。その目には、恐れと共に、瞬時に癒された驚きから、涙が光っていました。
そこで主イエスは微笑んで、彼女に言われました。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して行きなさい。>

新約聖書の中でも有名な、「長血の女」の章節です。この中で気になったのは「キリストが無意識の内に、女が癒されて痛みと出血が止まった」ということです。主が「癒そう」と意識的に処置したのではなく、あたかも自動的に「癒しの奇跡が発動した」ように書かれていることです。

キリストの噂を信じて、普段出歩くことさえ避けていた女――12年もの長い間、周囲から「汚れた身」として迫害され、誰かのそばに寄ったり、座ったりすればたちまち怒鳴られ、石でも投げられかねない女性が、勇気を振り絞って群衆が囲む中、主に近づき、触れたのです。彼女の「Desperate」な願い、信仰が、主イエスをして意識せぬうちに、癒しを与えていたのです。

しかし、無意識ではありながらも、主イエスは感じていました。ご自分から力が抜けてゆき、群衆の中の誰かに、癒しが与えられたことを。つまり「癒し自己発動」してしまうほどの強い信仰を、キリストは感じたのです。

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ゴスペル・コンサート
2007-07-27 Fri 14:04
ゴスペルのコンサートが、私たちの通うPeople’s Church AGで行なわれました。アメリカ人女性の指揮者が3週間かけて、メンバー編成を調節し、曲目の習得、ハモり力を更に強化して、「Satulate(満たす)」という一大音楽イベントを結成したのです。

コーラスと言うのは素人目に見ても、非常に奥が深い分野です。男性・女性とも異なる声帯を持つ人びとが、そのギフトを持ち寄って歌います。指揮者はそのギフトを識別し、適材適所で配置、バスはバス、アルトはアルト、ソプラノはソプラノ…という感じで、その人の強みを活かした編成を組みます。

バスが無理やり「あ、俺ソプラノがいいな」とソプラノを歌うことはしません。
アルトまで一緒になって「俺も俺も~」とソプラノに走ることもしません。

そんなことをしたら、各人のギフトを潰してしまう。

それどころか、声が裏返ってFunnyになっちゃいますよ。そうしたら役に立たないどころか、コーラスの迷惑にすらなります。何よりも、「俺ってダメなソプラノね…」「やっぱり向いてないのかしら…(向いてません。)」と、自己評価まで急降下、理想と現実のギャップに苦しむことになります。

<ライオンが泳ぐ>
こういう例えをすれば分りやすいですが、実際私たちのうち何人が、こんな苦しいギャップを乗り越えようと、必死になっているんでしょうか。「ライオンが泳ぎ、ペンギンが飛び、オランウータンがサーフィン」しようとしているのでしょうか。確かに努力はできるけど、辛い。

だから、あなたがライオンなら、サバンナで駆け。ペンギンなら、北極海で泳ぎ。オランウータンなら、「森のひと」らしく密林で木の上に住めばよい。

<でも私って、一体何?コアラ?>
(…コアラ?)その答えを知るためには、まず心を静かにして、神に聞いてみる必要がありますね。

なぜなら、学校の成績や、文系・理系、これまでの職歴、性格診断、占い…。そんな物は、あなたが一体「誰なのか」の、ほんの表面しか示してくれないからです。あなたの深奥に眠るもの、あなたがすでに忘れてしまっているようなこと…。そこに答えがあるかもしれないからです。それに気づくためにも、神さまと一緒に時間を費やす必要があります。

あなたが神から与えられたギフトは、一体何ですか。
あなたが喜びを見出せることって、何ですか。

それは神さまの示す価値観に沿っていますか。
与えられた人生目標に、適合していますか。

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あなたはわたしのもの
2007-07-26 Thu 12:11
私のキリスト教徒としての人生は、神さまとの賭けに始まりました。脳卒中で倒れた友人の癒しの奇跡を、自分というちっぽけなエサで釣ろうと必死だった私は、「彼が100%復調するなら、あんたの勝ち。私はあんたの物です。」と愚かなギャンブルを挑んでしまい――そして、案の定大敗しました。感謝。そんなある種、人間の下らなさから始まった、信仰だったわけです。

しかし、2004年11月の人生を決めた晩から、今日まで本当に「私はあんたの物」の意味を、理解して来れたかというと、「甘かった」ようです。「大甘」だった模様です。

そう言うのも、2日ほど前から再び、「第OOO次夫婦戦役」→冷戦突入とあいなって、夫としてもふて腐れていた時。ここんとこブログが手抜き工事だったのは、こういう内々の状況が表に出た、悪い例です。ごめんなさい。

そんな憤りと不満の中で、今朝出勤途中に頂いたのは、こんなことばでした。

私が、「彼女のせいで、私生活のムードが乱れると、私の公の生活にも乱れが出かねない。」「これから更に厳しい道を行こうとしているのに、今からこんなじゃあ、先が思いやられますよ神さま。」「あ~だこ~だ。」とぼやいていると、神さま改心の一打です。

「あなたは自己弁護する必要はない。
わたしはすべて知っているのだから」
「ただ、祈りなさい。彼女のために」
「怒りの言葉が出そうになったら、それを心の中で紙に書いて、
その紙を破り捨てなさい。
ひとたび口から出てしまえば、その言葉は人を傷つける。
その傷を癒すことができないのなら、最初から言わないことだ」

(は~い神さま…)そして、続けてこう言われました。

「妻が感情的だろうと、なかろうと、
妻が言うことを聞こうと、聞くまいと、
妻が協力しようと、しまいと、
そんなことは関係ない。

あなたは、わたしの物。
あなたは、わたしの与えた目標を達する。」

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世界の重さ
2007-07-25 Wed 16:01
私たちは世界の重さを、その肩に背負ってしまいがちです。


しかし、そのすぐ隣で、
本当に世界の重さを背負っている方が、

「私が担ごう」
「大丈夫だよ」
「心配するな」

と言ってくれています。


あなたが「自分」の弱さ、儚さを認めたとき、
彼はあなたをも、喜んで背負ってくださいます。


いつも応援感謝しています。
あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ
愛と平安を見いだすことができますように。
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ゴスペルなり
2007-07-24 Tue 22:10
またまたいいゴスペルありました。共有させていただきます。

Amazing Love(何という愛)

I'm forgiven because You were forsaken
あなたが見捨てられたから 私は救われた
I'm accepted, You were condemned
あなたがのけ者にされたから 私は受け入れられた
I'm alive and well, Youre spirit lives within me
あなたが 私のために死に そして生きてくれたから
Because You died and rose again
私は今 あなたの意思を抱いて生きている

Amazing Love, how can it be?
何という愛 一体どうして
That You, my King, would die for me
王よ あなたが 私のために死んでくれたなんて
Amazing Love, I know it's true
何という愛 でも 信じてる
And it's my joy to honor You
だから あなたを讃えます
In all I do, I honor You
私のすべてで あなたを讃えます

(You are my King
私の主
Jesus, You are my King x3)
イエスさま、私の王よ


何という愛。
イエスさま、私たちの王…
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「ぼくらはみんな 生きている」が
2007-07-23 Mon 13:29
この前、「神不在の人生は、私たちを『死ぬために生きる』だけの存在にしてしまう。」というお話をしました。
こんなに儚くて、限られた人生の中で、幸せを見いだそうとして努力する私たち。
世界は、そんな「お客さん」のために、様々なモノを用意してくれていますよ…。

「食べるために生きる」人のために、行列ラーメン店・絶品のグルメ・世界の垂涎Cuisine(料理)が。
「楽しむために生きる」人のために、車・娯楽・旅行・映画・ゲーム・音楽・趣味が。
「子どものために生きる」人のために、たまひよ・有名幼稚園・ブランド小学校・高価な教材・塾が。
「好印象のために生きる」人のために、エステ・雑学・ブートキャンプ・お化粧が。
「働くために生きる」人のために、肩書き・ブランド・経営・タスクフォース・昇進が。
「お金のために生きる」人のために、株式市場・Fx・転職サイト・不動産投資が。
「学ぶために生きる」人のために、放送大学・ユーキャン・大学院・けいことまなぶが。

あなたを満足させるべく、手をこまねいて待っています。
テレビCM。インターネット広告。ラジオ。新聞。電車の吊り広告。

「ぼくらはみんな 生きている」が…の続きを読む
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ストレスの反作用
2007-07-21 Sat 13:25
まじめで頑張り屋さん。
人の見ていないところで黙々と仕事に励み、努力し、自分を責めて、苦しんで。

一人で陰湿ないじめの苦しみを受け、一人でグループからのけ者にされ、一人で毒を内側に溜め込んで…。
一人で夜遅くまでプレゼン準備をし、一人で会社経営の建て直しを図り、一人で資金繰りに喘ぎ…。
一人で夫の家族との生活に悩み、一人で子育てに奮闘し、一人で帰ってこない午前様を待って…。

私たちがこうした壁にぶつかって、多大なストレスの下にいるとき。

そのストレスから解放されるために、悪魔が日ごろから用意してくれている「誘惑」は、救いのように見えます。

マンガ。
ゲーム。
ギャンブル。
アルコール。
ドラッグ。
不毛な肉体関係。
自傷。
自殺…。

ストレスの値が高ければ高いほど、その「救い」から得られる一時的な喜びや快楽、開放感も大きくて。
もしくは、大きく想えて。

ハマってしまうんです。まじめで正直、まっすぐだった私たちが…。
踏み外してしまうんです。一途で頑張り屋だからこそ…。

しかし、こうした一時的な逃避が、本当の問題解決につながるでしょうか…?


答えは「否」です。

<立って、戦いなさい>
苦しいときだからこそ。しっかり立って、今ある問題と、戦いましょう。
「これまでずっと、戦ってきた。でもダメだった。」
「これを止めたら、多分私もっとひどくなる。」
「言うのは簡単、でも現実的に考えてみて、難しいんだって。」

そういう方もいるでしょう。確かに、私たち一人ひとりの力は弱くて、頼りないものです。

だからこそ、神があなたに与えてくれる力と導き、行動への意欲をまず、得て欲しいのです。
ストレスの原因に直接働きかけ、それを解決する力を、神はすでにあなたに与えられていますし、求めるなら更に強めてくれるからです。

そして同時に、神があなたに与えてくれる癒しと恵み、心の平安を、溢れるほどに受けてください。
重圧の原因に対処しながら、あなたらしい清い心、澄んで、晴れやかな気持ちを取り戻せるよう、神に祈ってください。

これまで、一人で戦って、負けたのなら。
祈りを通じて、神に支援を求めてください。

神の義を、まず求めましょう。そうすれば与えられます。
神の意図を、まず探しましょう。そうすれば見いだします。
神の与えてくれるチャンスのドアを、まず叩きましょう。そうすれば開かれます。
これからは神が共にいて、あなたの手を取り、あなたの涙を拭い、あなたを導いてくれるからです。

『神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神が全てのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。<中略>…神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。
私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう(ローマ8:28~32)。』

神が、そのひとり子である主イエスキリストを十字架の死に明け渡したほど。
神はあなたのことを愛して、心配してくれています。あなたの道を用意し、あなたの心を幸せで満たし、あなたのために多くの奇跡を起こしてくれます。

そして、上記パウロが言うように。
もし神が私たちと共にあるのなら。
敵対できる者などこの世に存在しないことを、私たちは知っているからです。

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Simply let go.
2007-07-21 Sat 13:20
「上達するためには、力を抜いて、自分を解き放つこと。(Part of getting better and better is simply to let go.)」
ダンスインストラクターのヴァネッサ・ワンさんが、アディダスの葉書広告でこう言っていました。

そう。何事においても、緊張して堅くなっていると力が出し切れずに、思うようなパフォーマンスができないことがあります。だから、力を抜いて、解き放つ。

信仰の道も同じですね…。例えば何か、牧師さんから頼まれたとき。
次の日曜に、全体の前で証(主イエスとの出会いと、恩恵を共有すること)してくれないかと依頼されたり、新しくタスクフォースを組んで、ユースミニストリーやメディアミニストリー開設を頼まれたときなど…。

「△△さんは雄弁で、物怖じしないからいいけど…。私にはできそうにない。」
「だって経験ないもの。何から始めていいかも分らない。」
「最後まで責任持てる自信ないから、断ろうか…。」
「リーダーなんて、私には向いてないし…。」
と、最初から堅くならないで下さい。

確かに、聴衆の前に立って話をするのは、緊張するし、できればしたくない経験です。
確かに、任された任務を完璧に果たしたい、最後までちゃんと面倒みたい、と思うのは、立派な人間として当たり前のことです。
確かに、教会員が主とはいえ、たくさんの世代・職業・性別の違う人々を取りまとめるのは、心労が伴います。

ですから、そんなときはまず祈ってください。1週間でも、1ヶ月でも、満足のいく回答が得られるまで。
そして、祈りの結果として、それがキリストの御心に適うことならば。受け入れましょう。

なぜなら、上記のような課題は、あなたが依頼を受け入れて、「やろう」「できるかどうか分らないが、全力で当たろう」と決心しさえすれば、神さまがちゃんと面倒見てくれるからです。

私たちに必要なのは、実に、この受容と決意です。
そして、神さまが「あ、そっちじゃなくて、この道を行きなさい」と言われたときに、それに聞いて従う謙虚な姿勢だけです。

「何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます(ルカ12:31)。」と聖書にあるように。
能力や人望、知識…。そんな物は必ず、後からついてきます。

だから言うのです。神に聞いて、「正しい」「成すべき」と心で頷いたのなら。
あとはただ、力を抜いて、解放するだけです。

いつも応援感謝しています。
あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ
愛と平安を見いだすことができますように。
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Go! リクシャー Go!
2007-07-21 Sat 00:18
本日は息抜きに、スリランカ・コロンボの「リクシャーの車窓から。」



乗り物に弱い人、吐かないで下さい。

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JEN 新潟県中越地震 復興支援 出動II
2007-07-19 Thu 20:57
今震災現場では、水道が止まり、暑い中シャワーを浴びたり選択することができない状態にあります。
また、都市ガスなので火も使えず、熱を通して調理することもできず、食中毒などの被害も懸念されています。

そんな中、私たちにもできることはあります。

<JEN 西山町ボランティアセンター開設・運営サポート>
詳しくはhttp://jenhp.cocolog-nifty.com/jen_niigata/まで。皆さんの祈りと、できる範囲での支援をよろしくお願いします。

ごとう ひでたか 拝
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JEN、新潟震災 調査に出動
2007-07-19 Thu 15:46
<特活>JEN、「新潟県中越沖地震」被災者支援 調査に出動します。

皆さまの祈りを貸してください。

天におられる我らが父、わが神。
生存者の方々の安全・健康を確保し、また彼らに喪失に立ち向かう勇気を与えてください。
また、現地入りする私たちのスタッフを守り、導いて下さい。彼らの働きを強め、いち早く支援の手が、苦しんでいる被災者の方たちに届くように。

そして、皆さんの中で、もし力を貸してくださる人がいらっしゃったら。

これから約1週間の調査結果を元に、支援が決定した場合、JENホームページで義援金、ボランティア募集・調整業務のアップデートなどがありますから、どうぞ、ご覧になってください。

そして、もしできる範囲であれば、助けてくださいね。私たち一人ひとりの力は小さく、頼りないものですが、集まって心一つに努力すれば、必ず奇跡も起きるからです。


<すぐにでも支援活動をしたい!という方には、こちら>
前回の新潟中越地震で発足、継続して活動してこられた新潟NPO協会の皆さんも、速やかに現地での活動を開始されています。メーリングリスト等を備え、支援活動の情報収集に非常に役立つことと思います。以下、頂いたメールの一文をご紹介しますので、ご参照ください。

「現在、各所でボランティア募集の情報が飛び交っていますが、闇雲に被災地に入ると効率が悪いばかりか返って迷惑になることにもなりかねません。ボランティアセンターのホームページなどで最新の状況を確認してから現地に向かわれますようお願いします。

新潟県災害救援ボランティア本部連絡先
 ○電話:025―281-5551
 ○受付時間:8:30から22:00
 ○住所:〒950-8575
 新潟県新潟市上所2丁目2番2号(新潟ユニゾンプラザ3階) 新潟県社会福祉協議会内
http://www.fukushiniigata.or.jp/activity/volunteer/saigai3.html

新潟県災害ボランティア活動連絡協議会
http://www.tatunet.ddo.jp/saigai/

柏崎市災害ボランティアセンター(柏崎市社会福祉協議会)
0257-22-1411
http://www.syakyou.jp/

SNS:長岡地域災害緊急情報コミュニティ
http://www.sns.ococo.jp/c.phtml?g=102016

SNS:中越沖地震情報支援コミュニティ
http://www.sns.ococo.jp/c.phtml?g=136392

また、新潟NPO協会ではボランティアセンターとは別に活動している団体・市民グループなどの活動を集約し、にいがたNPO情報ネット始め各種広報ツール・メディアを通して協力や連携を呼びかけていきます。
皆さん自身、もしくは皆さんの周辺でそうした活動をご存知の方はぜひお知らせ下さい。

新潟NPO協会
025-280-8750
mailto:info@nan-web.org

にいがたNPO情報ネット
http://www.nponiigata.jp」

また、Yahoo!でも以下のような義援金の募集をしています。




皆さん、上記どうぞよろしくお願いします。異国の地での足踏み状態で何とも歯がゆい感じですが、被災者の皆さんの安否をお祈りいたします。

ごとう ひでたか 拝
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ナルド油の女
2007-07-18 Wed 22:23
聖書の中に、こんな章節があります。

「さて、イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家におられると、
ひとりの女がたいへん高価な香油のはいった石膏のつぼを持ってみもとに来て、食卓についていおられたイエスの頭に香油を注いだ。

弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。「何のために、こんなむだなことをするのか。
この香油なら、高く売れて、貧乏な人たちに施しができたのに。」

するとイエスはこれを知って、彼らに言われた。「なぜ、この女を困らせるのです。わたしに対して立派なことをしてくれたのです。
貧しい人たちは、いつもあなたがたと一緒にいます。しかし、わたしは、いつもあなたがたと一緒にいるのわけではありません。
この女が香油をわたしのからだに注いだのは、わたしの埋葬の用意をしてくれたのです(マタイ26:6~12)。」

「埋葬の準備…。」上記は一体、何を意味しているのでしょうか。

<「信じる」ということ>
このエピソードの少し前から、主イエスキリストはご自分の受難と十字架の上の死を、弟子たちに告げ始めます。キリストは事実然と語るのですが、弟子たちは皆不安に感じることはあっても、誰一人として信じようとはしませんでした。そんな最悪のケースシナリオ、聞きたくない、考えたくない。と言うのが本音だったかもしれません。

キリストのそばで約3年を費やした弟子たちですら、彼のことばを額面通り信じなかったのです。
「神の御子が死ぬなんて」
「これほどの奇跡と、力に溢れた方が、人の手にかかって死ぬなんて」
ありえない。

しかし、上記の「女」は。
イエスの埋葬のために、当時の年収に匹敵するような高価な値段の油を、惜しげもなくキリストに注いだのです。

それはつまり、それだけ価値ある物を購入するだけの、決意、決心といったものが、彼女のなかにあったからでしょう。

「これが最期なのだから。」という避けられない運命。
それを主のことばに見いだして、女はただ、信じたのです。

<耳が痛い>
そう。主の語られることは、私たちにとって「聞きたくない」「考えたくもない」「受け入れたくない」ことかもしれないんです。

しかし、それを信じて、従うことができるのは、ひとえに主への信頼と感謝によってです。この「女」は、キリストにあって「ありえない」ことを信じたから、それが義と認められたのです。

マタイの福音書は、このエピソードをこう締めくくっています。
「世界中のどこででも、福音が伸べ伝えられるところなら、この人のしたことも語られて、記念になるでしょう(マタイ26:13)。」

信じて、従う者は、主に知られているのです。そしてその行ないは、周囲の人びとを感化し、良い見本として語り継がれて。

きっと、あなたの記念となるでしょう。

あなたも「イエス!」と言えましたか…?
言えた方は押してくださいね♪↓
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暗黒面
2007-07-18 Wed 11:23
いまさらになってスターウォーズ エピソード3を見てしまいました。ねたばれ注意。
といっても既に皆さんご存知のように、Young Skywalker は暗黒面に囚われて、遂にシス(闇に隠れて生きる方たち)の仲間入りを果たし、ベイダー卿としてその辣腕を振るい始めますよ…。というお話です。

私も重々流れは了解していましたが、その過程、「なぜ」が大事と思い、見てみました。

<アナキンの愛情表現>
アナキンがその強さ、絶対なる権力に焦がれたのは、自分が修行に励む中、事故ともいえるような災難で、母を失ったトラウマから…。彼はそれを、「自分の力不足」と嘆き、激しく自分を責めました。
そして、その悲しい喪失の二の舞をするまいと、自分の愛する人、パドメを守ろうと努力します。過剰ともいえる情熱でもって…。

そこに付け込んだのが、シスの君主であるダース・シディアスでした。
アナキンが「愛」を守るために、身につけようと欲した力…。

彼が暗黒面に取り込まれ、更に強大な力を受け取た代わりに。
アナキンは守ろうとした「愛」そのものを、自分の手で喪うことになります。

<暗黒面との戦い>
聖書の中には、上記のような場面がたくさん出てきます。実に悪魔は、様々な存在に姿を変え、神の使徒たちを取り込もうと尽力してきました。そして、禁断の実を食べたイブ、欲望の成すがままになったサムエルの息子たち、自分を義として神に啖呵切ったヨブのように、それに屈した例も、聖書の中にはありますね…。

しかし。彼らと同様、誘惑に弱い人間である私たちにも、一つだけ希望が残されています。

<ナザレ人イエス
40日に及ぶ断食。空腹と疲労で肉体的に極限状態にあった主イエスキリストに、サタンは誘惑の手を伸ばしました。聖書から引用しましょう。

…今度は悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華を見せて、
言った。「もしひれ伏してわたしを拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう。」(マタイ4:8~9)

現代語訳「あのさ、神さまがアンタに何いったか知らないけど。そんな苦しい目見るよりは、この世界を治めて面白おかしく暮らした方が得策じゃないの…。」
「まだ若いんだし、あなたの肉が欲するもの、贅沢・快楽・権力・名声を、手に入れてみたらどう…。」
「私を拝むなら、あなたが求めるもの、全てをあげるよ…。」

サタンの口調は優しく、なめらかで。その提案は論理的であり、抗いがたい魅力があります。しかし、

イエスは言われた。「引き下がれ、サタン。『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えよ。』と書いてある。」(マタイ4:10)

キリストは跳ね返します。悪を。邪を。誘惑を。怖れを。欲望を。肉の渇えを。
その屹然とした態度、誘惑がその役を果たさないのを見たので、悪魔は新たな戦略を練るべく、主から離れていったのです。

<Say “No” to Satan>
私たちも、この世の誘惑から「暗黒面」に取り込まれそうになることがあります。

例えば仕事で。
経理上の操作、収賄。違法請求。弱者に付け込んだ営業活動。部下に責任を被せ、自分は被害を免れること。

例えば家庭で。
家族の面倒を見ない。自己中心でお互い好き勝手にする。不倫、散財、虐待、その挙句の家庭崩壊、別居、離婚…。

例えば学校で。
苛め、そして苛めの放置。裏サイトでの悪口雑言、それを増長させる合いの手。陰湿な悪戯、悪意に満ちたからかい…。

「大丈夫、誰も見ていない…。」「今やってしまえば、絶対バレないから。」「あいつに被せて、楽になりな。」

そう。暗黒面に身を委ねれば、自分の肉が欲したもの――報酬、ノルマ達成、過失の隠蔽、怠惰、自己中心、情欲、満足、優越感、気晴らし、保身、人気、見せかけだけの友人――が、簡単に手に入るのだから。

なにも苦労して、正義の味方ぶる必要もないでしょう。
出る杭、損な役回りは、誰か他の人がやればいい。
私には関係ないから。正直なところ、私が幸せなら、それでいい。

こんな風に、自分の内側から囁きかけてくる、甘ったるい蛇の声…。

クリスチャンとして。
一人の人間として。
「引き下がれ、サタン。」

私たちも屹然と、こう宣言しましょう。
そして、主にあって正しいこと、成すべきことを、しましょう。

なぜなら、私たちは一人ではありませんから…。
暗黒面との戦い方を教えてくれた方。
その誘惑の力を完全に葬り去った方が、あなたと共にいてくださるんですから。

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神のみことば 第二章 第七~八節
2007-07-17 Tue 18:52
神のみことば 第二章:新約聖書 
第七~八節:コリント人への手紙 第一・第二

今日は第二章 第七~八節を読みます。

(「神のみことば」、また冊子については、神のみことば <はじめに>をご覧下さい。また「続きを読む」内にテキストもあります。

神のみことば 第二章 第七節 を聴く(2414.7K)

神のみことば 第二章 第八節 を聴く(1503.0K)

*上記クリックされますと、MSメディアプレーヤーなどのソフトが起動し、音声を聴くことができます(右クリック→「別のタブ/ウィンドウで開く」がお勧めです。)

*新約聖書の内、四冊の福音書は、前作「主の福音」でより詳しく話されています。併せご査収ください。

ごとう ひでたか 拝
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教会へ行く-People's Church AGの場合
2007-07-15 Sun 20:42
教会、行ってみましょう!!



あなたも「行ってみよ!!」と言えましたか…?
言えた方は押してくださいね♪↓
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神のみことば 第二章 第五~六節
2007-07-15 Sun 18:24
神のみことば 第二章:新約聖書 
第五~六節:使徒の働き~ローマ人への手紙

今日は第二章 第五~六節を読みます。

(「神のみことば」、また冊子については、神のみことば <はじめに>をご覧下さい。また「続きを読む」内にテキストもあります。

神のみことば 第二章 第五節 を聴く(959.3K)

神のみことば 第二章 第六節 1 を聴く(2414.7K)

神のみことば 第二章 第六節 2 を聴く(1507.0K)

*上記クリックされますと、MSメディアプレーヤーなどのソフトが起動し、音声を聴くことができます(右クリック→「別のタブ/ウィンドウで開く」がお勧めです。)

*新約聖書の内、四冊の福音書は、前作「主の福音」でより詳しく話されています。併せご査収ください。

ごとう ひでたか 拝
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荒野で叫ぶ
2007-07-14 Sat 11:27
新約聖書冒頭の、四冊の福音書。それは主イエスキリストが、宣教を始める前のユダヤ人世界に触れ、「荒野で叫ぶ者の声」について語っています。

それは、ヨルダン川のほとりの、全地方で語られた、偉大な悔い改めの伝道。
洗礼者ヨハネ(John the Baptist)についてです。

洗礼者ヨハネを、誰に例えましょう。言ってみれば、当時の「ビリー・グラハム」「ベニー・ヒン」「ジョイス・マイヤー」といった、カリスマ宣教師でしょうか。マルコの福音書はこう言っています。
「そこで、ユダヤ全国の人々とエルサレムの全住民が彼のところへ行き、自分の罪を告白して、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた(1:4~5)。」

一体何万、いや何十万人の話をしているんでしょうか?彼らがわざわざ、交通手段もまともに無いなか荒野へ向かい、手弁当で彼の話を聞き、洗礼を受けに行ったのです。

そんな偉大なカリスマ。世界の中心で俺最高!!と叫ぶこともできたはず。
「今日の俺イケてます。」「皆さんすごい勢いで押し寄せてきます。」「俺に酔いしれています。さすが俺!!」

しかし、ヨハネの本当に優れた点は、その強力なメッセージや、カリスマ性にあるわけではありませんでした。

<Surrender>
それは主イエスがヨハネからの洗礼を受けに、ヨルダン川のほとりの町、ベタニヤに来られた時。
自分のほうにキリストが歩いてくるのを見て、ヨハネはこう言いました。
「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。」

そして、自分の周囲についていた愛弟子たち――その中には後の12弟子の一人、アンデレもいました――を、「主について行きなさい。」と言って、送り出したのです(ヨハネ1:35~37)。そこには、「新しい競合相手が出てきた」「負けられねぇべ!!」「俺の弟子は絶対渡さんッ…!」などというエゴや競争心、支配欲は全くありません。

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神との邂逅(Encounter)シリーズ
2007-07-13 Fri 21:17
II-3 「神の癒し」について

神の癒しで、様々な肉体的症状が、改善した方がいらっしゃいます。
ある方は白内障でかすれた視野が、元のようになり。
またある方は、不随だった足が癒され、再び歩くことができるようになりました。
癒しの奇跡は、どれも、素晴らしいことです。

しかし、神の癒しは、肉体だけに止まりません。

それより遥かに多くの人が、自分の内面についた傷――深く斬りつけ、抉られた傷、焼け爛れた痕、折れて歪んだまま固まってしまった骨、光を失った目――そんな物を引きずり、文字通り血を流しながら毎日、生活しています。
そして悪いことに、こうした傷が障壁となって、愛・友情・信頼・希望・親切・平安といった人生の宝を、素直に受け入れることができなくなっています。

神の癒しは、こうした心の傷をぬぐい去る力もあるのです。

<どうやって…?>

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救急車が走ると
2007-07-12 Thu 20:43
犬が吠える。ということは、皆さんご存知だと思います。しかし、
「なぜうちのチャッピーが吠えるのか?」
については、ご存知でしょうか。

犬の遠吠えは、「俺だ。俺はここにいる!!」という叫びなんだそうです。

誰か気付いてくれ。
俺はここにいる。
誰か理解ってくれ。
俺を、俺の孤独を。

救急車が図らずも発した「遠吠え」に触発されて。
周囲の犬たちもまた、「俺も」「俺もここにいるぞ!!」と、叫び返してしまうのです。

<人間も吠える>
でも、この叫びって、何か似ていませんか…。
孤独な、私たちの心の叫びに。

私が19の頃、バイトしていた渋谷のBar「門2F」。
月曜、火曜はスタートが遅く、客層は薄い。入っても40人Maxのこの店。客足が乗ってくると、60’sのオールディズを大音量でかけまくります。
静かにお話したい彼氏彼女には、残念なニュースですが、それが流儀でしたね…。空いたグラスもすぐ下がる。

そこに、常連さんが何人かいました。
一人は20台後半の、OLさん。かわいらしい方で、いつも一人でカウンター席に着きます。バーテンの遠田さん、A.スカイウォーカー改めダースベイダーに若干似ていた彼にぞっこんで。

もう一人は、40台中盤の課長さん。冬場は渋めのトレンチで、8時ごろから飲み始め、グデグデになるまで飲んで、終電に遅れる。酔ってバーマンに説教する人でした。私たちはそれを静かに聞いている…。

他にも、たくさんの人が来ました。若い会社員の方で、「私、OOって言います。覚えておいてください。次来たとき『OOさんいらっしゃい』と言ってくれると嬉しいんだけど」と下心満々でアプローチしてくる方…。

彼らの言動の奥に、見え隠れするもの。
「誰か気付いてくれ。」
「俺の偉大さ、俺の価値を。」
「誰か理解ってちょうだい。」
「私を、私の孤独を。」

<天空にまたたく星>
それはまた、天空にまたたく星々のよう。

お互い遠く離れていて。真空の、冷たい宇宙に身を置きながら、お互い光を発することで、その存在を証明している。自己主張している。「私を見て。」「私はここだ。」と世界に示そうとしている。

しかし、その光はか細くて。

星が自分の小さな光に満足できず、「もっと光を」と頑張りすぎると、ほんの一瞬強い光を放ってから、消えてしまうこともあります。
日々マスコミを賑わす巨星。しかしそれも、ほんの一時のことでしょう…?生まれては消える、スターたち…。


他人に、マスメディアに、世界に、あなたのInner Desire(内的欲求)を満たすよう期待すれば、頑張っても報われないばかりか、いつか破綻することにもなります。この世には、そもそも満たせないんです。

あなたの虚空を。あなたの暗やみの深遠を…。

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年金 De 離婚
2007-07-11 Wed 23:31
Yahooを眺めていた時、こんなニュースが目に飛び込んできました。「離婚時の年金分割制度が発効したのを受け、4月の離婚率が急上昇するのでは」と。

ここで言う年金分割制度とは、「夫婦が離婚したとき、例えばサラリーマンの夫の厚生年金(公務員の場合、共済年金)の一部を専業主婦の妻が年金受給時に受け取ることができる制度」のことで、簡単に言えばこれまで「内助の功」で耐え忍んできた専業主婦の方たちが、離婚しても旦那の年金の最大半分を、分け前としてもらえる。ということでしょう。だから、人によっては4月を待って、離婚届を出したとか、出さないとか。

「そうです。今がチャーンス!」


嘘です。
大嘘です。

信じないでください。
流されないでください。
動かされないでください。

そんな浅はかな、人間らしさの欠片もない、この世のしくみに。


確かに、離婚を考えることはあったかもしれない。子どもも育ったし、私だってもう一花、という思いもあるかもしれない。人生楽しまなきゃ。今まで他人のために生きてきた。自分のために生きて、何が悪いの?

若しくは、本当に夫の家庭内暴力(DV)やアルコール依存、人格の否定などで傷ついて、離婚だけが残された手段なのかもしれない。なぜ私だけがこんな目に遭うの。この人さえいなければ、私は幸せになれるのに。


他人の責任は、確かにあります。その重荷から解かれたら、どれだけすっきりするでしょう?
あの男がいなくなれば、自由です。勝手気ままに生きることができます。好きな人とだけつるんで、家庭菜園を作って、たまに息子夫婦に会って。

でも、同時にこうも思います。

たとえ激闘の末、宿敵と袂を分かって、一時の自由、平安、考える時間が得られたとしても。
次につながるでしょうか。

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いのちの借り
2007-07-10 Tue 23:01
「To Live is Christ. (私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。ピリピ1:21)」

上記は新約聖書内、イエスキリストの使徒パウロのことばです。たった一行のこの言葉に、私たちが見いだすものは、一人ひとり違います。
この同じセリフから得られる重みや感動、覚悟の量も、一人ひとり違います。

額面通り読んで「ああ、そうなんだ。パウロってすごいね」で終わる人。
死んでくれた方、「キリストのための人生」に想いを馳せる人。
そして、実際にその人生を生きる人。

その差は、私たちがこれまで、主と共に過ごしてきた人生の密度によるもの。
私たち一人ひとりが、聖書のことばに対して、内側から導き出した答えによるもの。

<いのちの借り>
任侠の世界では、命の借りは、命で返すしかありません。

撃たれて、もう死ぬってところで、病院に担ぎ込んでくれた兄貴。
責任取るのには死ぬしかねぇ。そんなところで、自分の身を呈して、庇ってくれた親父さん。
もうお終ぇってところで、手前の代わりに死んでくれた兄弟。

救われた命。
その命は、その恩人のために喜んで差し出さねばならない。
その借りを忘れることは、真っ当な人間ならばできないこと…。

命の借り。それが人生の優先順位、ナンバーワンになるんです。
さもなければ、今ここにこうして、存在していないのだから…。

キャリア…?金…?家…?そんなものは、あなたの命と比べたら、どれほどの物でしょう…?


<主にいのち一つ借りがある>

クリスチャンも同じ。
「私の、あなたのために死んでくれた人がいる。」
それが私たちが自身に課す、十字架です。

私たちがそのことを、どう捉えているか。
そして、どう人生に反映させているか。

有名な牧師先生の話を聞く。Live Free or Die Hardに賛美する。真面目に聖書学校に通う。悩んでいる人の話を聞いてあげる。困っている人を助ける。

それらの行ないも「いのち一つの借り」を再認識することで、全く違う重さを持ちます。

日ごろから、死んでくれた兄貴への感謝を忘れずに。
彼の意思を引き継いで、大切に生きて行きましょう。

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暖まりたかったら
2007-07-09 Mon 17:14
あなたの友人たち、周囲の人々。どんな人たちですか?ウマが合う?昔からの知り合い?何でも気後れせず話せる?同年代で、同じような悩みを持っている?明るい?しっかり者?こちらが世話やきたくなるタイプ?

何はともあれ、正しい心根の人たちで、周囲を固めるようにしましょう。

それは「暖まりたかったら、火のそばにいく」という、当たり前のことに似ています。
「狼と一緒にいれば、遠吠えが上手くなる」「鷹と一緒に飛べば、カラスも鷹のように天空を舞うようになる。」というのも、同意です。

しかし、私たちの多くが、そんな当たり前のことを無視してなお、「暖まりたい」と渇望しているのでしょうか。

暖まりたいのに、氷のそばにいれば、いつまで立っても寒いままです。それどころか自分まで冷たく、心の芯まで寒くなってしまうでしょう。冬の立ち仕事で、知らぬ間に足から寒さが上がってくるように、そのように。

だから、今の人間関係で、求めている暖かさ、熱が得られないのが分かりきっている場合。
それが学友であれ、同僚であれ、実の親であれ。冷たさ意外期待できないのなら。

教会に行ってみませんか。

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今日は英語のレッスンです
2007-07-08 Sun 17:54
映画などでよく聞く言葉に、
「Oh my God!!(オーマイガー!)」
「Jesus Christ!!(ジーザスクライスト!)」
というものがあります。

皆さんも言ってみましょう。
「Oh my God!!」
「Jesus Christ!!」

大きな声で、言えましたか?

なんかこう…気合が足りませんね。

こういう状況にぶち当たった場面を想像して、もう一度言ってみましょう。

●エレベーターのドアに顔が挟まる
●まさるの部屋でエロ本発見
●かっこかわいい絵美子の鼻くそほじりにバッタリ
●満員電車で鼻先に香水おばさん
●素足でゴキブリを踏んでしまった
●朝見たら、彼女の眉がなかった
●「今夜はうなぎよ」帰ってみると、代打コンビニ弁当
●特賞当たったが「あなたもバックパッカー!!バングラディシュ7泊10日」という微妙な旅行だった


はい、良くできました。

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「つんでれ」
2007-07-07 Sat 12:47
「つんでれ」という言葉があります。Wikiによると「『生意気な態度が、あるきっかけで急にしおらしくなる』あるいは『本心では好意を寄せていながら天邪鬼に接してしまう』という様子を言い、特に恋愛形態について好ましく捉えた言葉。「ツンツン」・「デレデレ」からなる」とのこと。

これが直接私の妻に当てはまるかどうかは、何とも判定が厳しいところですが、あの荒れっぷりは彼女なりの「つんつん」なのだなぁと理解することで、厳しい状況にあっても微笑ましく見ることができています。

夫が思うとおりに言うこと聞かないと、ふてくされる。
彼女のためと思って言ったことも、「態度が偉そうなのよ」という感情論で封殺される。
夫や蚊やPCに対して「ちッ」「くそッ」とか吐くことがある。

<出血>
私の妻は、バツいち子持ちです。夫の不倫発覚後、離婚と言う重い過去を背負って生きてきました。主イエスキリストに会い、その愛を受けた今もなお、「人間は信じない。あんた(=ごとう)も含めて。」と、頑なに拒んでしまう。「生きてて良かったことなんて、ないわ。」と言い切ってしまう。
それは彼女が若い頃、深く傷ついたから。死のうと思ったくらい、へこんだから。
心では信じたい、と思っても、信じられない。再び傷つくのが怖いから。

<①>心に満ちていることを口が話す(マタイ12:34)とあるとおり。洗礼を受けても、聖書を毎日読んで、祈って、教会行って、他の睡眠中クリスチャンを批判しても。神さま、彼女自身、救われていないのでしょうか…?

主よ、あなたの力で、彼女に愛と感謝の気持ちを、取り戻させてください。
私には、おそらく一生かかっても、無理ですから。無駄な努力を終わりにしたい、と思うことすらあります。
ただ彼女と一緒にいること。それが私の最大限です。あとはあなたにお任せします。</①>


と、↑ここまで先日書きました。これを書き上げたのは、皆さんお察しの通り、妻の激しい「つんつん」の後です。ずいぶん投げやりなごとうの姿勢が伺えますね。

<①></①>の部分、リライトしたいと思います。

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日本刀
2007-07-06 Fri 21:36
あなたは、日本刀の造り方を知っていますか。

鋼の塊を1,400℃くらいの炉に入れて、材料が赤熱するまで鞴(ふいご)で給気します。そしてその熱の塊を取り出して、鎚で打ち、平らに伸ばしていくのです。塊が伸びた段階で、それを二つ折りにし、さらに叩いて平たくします。

時に水に差し込み、刀身を急冷することで余分な炭素分を除きます。再び火に戻してから打ち込んで、平たくする→二つに折り曲げて塊に→打ち込んで平たく→折り返し→鍛錬→折り返し→鍛錬…それを延々と繰り返すのです。

この工程でパイ生地のように層が形成され、同時に不純物が除かれてより良質な鋼が残ります。その後初めて形を整え、粗く、次第に細かく研いで、日本刀は完成します。

非常に気の長い、かつ気の抜けない作業。刀匠と弟子の見事なコンビネーションがあってこそ、「折れず、曲がらず、良く斬れる」日本刀は造られるのです。

<あなたの刃>
人生の中で私たちが経験するのも、何か似通っていますね…。

まずは猛炎と、鎚による鍛錬。人生の戦いの中で、叩かれ、折り曲げられ、水に晒され、再び火に投げ込まれ、叩かれる…。そうした鍛錬の時期が、誰の人生にもあると思います。「もう止めたい」と思ってしまうような、激しく辛い試練の時が…。

しかし、その時は辛くて、泣きそうでも、後になって振り返ってみると「あの時があったから、今の私がある」と言えることも、真実なのではないでしょうか。途中で投げていれば、全く違った結果に終わったはずの、私たちの人生…。

<私たちの刀匠>
そして、刀身を絶妙な方法で鍛錬して、磨き上げてくれるのが、実は神さまなんです。ちょうど、刀匠が一本一本の刃に魂を注ぎ込み、愛情を持って鍛えるのと同じように、私たちの主も炎や水のそばで私たちを見守り、刃が曲がれば伸ばし、伸びすぎれば縮めて、美しい日本刀へ変身を遂げるようその鎚を振るっています。

不純物を取り除かれ、美しい紋を身にまとった鋼の刃。それは人生の嵐をいくつも通過して、他人が知りようもない苦難を乗り越えて、成長してきたあなたの姿です。

私たちの創り主、刀匠である主に、これまた感謝なのです。

あなたも「イエス!」と言えましたか…?
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神との邂逅(Encounter)シリーズ
2007-07-05 Thu 21:49
II-2 敵の要塞を陥とすために

ここで言う「敵の要塞」とは、この世的な考えのことです。世間一般の「見方」「常識」「価値観」「理念」といった物のことです。

日本人にとり「常識人」というのはほめ言葉。下積みを重ね、辛酸を舐めて、立派な社会の一員として機能できる。機転が利き、人に心配りできる良い人。みたいな、ね?

しかし、この私たちが誉めそやす「常識」そのものが、壁となって私たちの目の前に立ちふさがること、多くないでしょうか。


起業しようと思うんだ!アメリカで勉強し直す!自分の映画会社を作る!世のため人のために働く!

「無理だよそんなの」
「それはキツイんじゃない」
「誰もやったことないし」
「だって向いてないじゃない」
「失敗したらどうするの」

だって常識的に考えてみてよ。


敵は実に、私たちの心の中に、その強固な砦を築き上げました。その壁は厚く、高く、私たちの前に立ちはだかります。寄せ手を跳ね返す、垂直な防壁…。
その勢力は力を増して、いつしか私たちのしもべであり、忠実な部下であるはずの「心」すら、敵の武力に屈して主人に抗う…。

<こころ>
ここで少し、私たちの「心」について見てみましょう。
様々な言い回しがあるかと思いますが、人の心は大っぴらに言って

①「感情(Emotion)」
②「理性(Logical Mind)」
③「意思(Will)」
からなっています。人の心も是三位一体なわけですが、この三つの構成員の役割りはと言いますと、

①感情:外部世界で起きていることを翻訳する(Input)
②理性:情報を処理する。記録を整理し、理論だてて認識する(Process)
③意思:翻訳・認識された情報に従い、判断・決定する(Output)

本来この世は、思った通りに行かないことばかりです。傘を会社に忘れた帰り道、大雨。スーパーで並んだレジだけ、大混乱。見たいドラマの時間に、赤ちゃんが泣く。世界とつながっている以上、様々なイラつく現象が、あなたの感情にインプットされます。

あなたはこうした状況に向かって、意識的に①②③の流れを考えたことがありますか?
それとも、突発的に与えられた状況に対して、①で反応するだけですか…?
私たちの敵が望むように、そのように…。

<敵に屈することで、得られるもの>
私たちが自分の内側に巣食う敵に、白旗を上げて降伏するとき。敵は一体どんなご褒美をくれるんでしょう?

「褒美はありません。」
「それどころか、お前負けたんだから、俺さまの奴隷じゃん。」(ガーン)

怒りや嫌悪に屈すれば、どんな些細なことにもすぐピキって切れちゃいます。
不安や怖れに屈すれば、どんなシンプルなことも不可能に思えます。
嫉妬や羨望に屈すれば、どんな素晴らしい畑を持っていても、隣にばかり目が行きます。
自己憐憫や無気力、無関心に屈すれば、どんな素敵な経験も灰色です。

私たちの内どれだけの人が富や地位、名声、人間関係に恵まれ、一見幸福に見えながらも、自分の中の敵に膝を屈して、服従していることでしょう。知らず知らずの内に、敵の仕掛けた罠に落ち込んでしまっていることでしょう。

敵に真っ向から戦いを挑み、彼らの要塞を滅ぼす手段は、私たちには残されていないのでしょうか…

要塞

<はい。これを何とかします。>
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「希望」は あなたの中に
2007-07-03 Tue 21:55
<24:00ニュース>
訪問者の皆さんに、質問です。
今日、新聞を読んだ方(「地球防衛家のヒトビト」ではなく、記事ね)?
テレビで/ネットで、ニュースを見た方?

ニュースを見た後で、どう感じましたか。
①幸せ?元気でた?超Happy go lucky?生きる気力が湧いてきた?明日はきっとBetter Day?
それとも。
②世紀末?真面目に生きるのが馬鹿らしい?誰も信用できない?何やってもムダ?お先っ暗?

ニュースの大部分を占める、負の情報に身をさらしてなお、①といえる方は幸せです。
しかし、私たちの大半は、②失望、空しさ、諦めといった想いに、より深く沈み込んでしまうのではないでしょうか。一寸先も見えない闇の中を手探りで歩くような不安が、私たちの内側に巣食い、その版図を広げてゆく…。「This is life…。」

いつ終わるでしょう?
いつ情況が好転するでしょう?
いつ救世主が現れるでしょう?

残念ながら。

終わりません。
変わりません。
現われません。

<ココナツを探しにアラスカへ>
そう。私たちは、様々な手段で幸せになろうとし、心の平安を感じ取ろうと努めてきました。
色々なモノに頼って、希望を見出そうとしてきました。

例えば、経済です。いつか経済が上向いたら。いつかバブル経済が復活したら。いつか日経が続伸したら。
幸せになれるのではないか。
しかし、日々の株価チャートを見ても分かるとおり、経済は上下します。人の意に関係なく、上がったり下がったりします。その変動に依存する限り、上がった時ハッピー、下がった時不幸、常にチャートを見て一喜百憂くらいするわけですね。仮に株で儲けても、いつ失うのかと心労が絶えませんしね。

例えば、政治です。いつか仁義・能力・人脈を併せ持った、優秀なスーパー政治家が出てきて、この国を変えてくれる。そうすれば幸せになれるはずだ。
しかし、完璧な人間などいないように。誰かにとっては素晴らしい政治家でも、他のグループから見れば目の上のたんこぶだったりするわけ。マスコミも悪いことは論(あげつら)うが、良い面、善行、貢献などをわざと見逃して、批判的な姿勢で向かう。誰も超えられない理想像…「Good Enough nobody is…」。

そして例えば、快楽です。旅行、五つ星レストランでの食事、スピードによる興奮、映画、ゲーム、買い物、不毛な肉体関係、アルコールやドラッグ…。ああ、楽しかった。気持ちよかった。スッキリした。
しかし、私たちがこうして現実から逃避している間も、世界は全く変わりません。映画館を出た瞬間。帰りの電車の中で。家のドアを開け、電気をつけた瞬間。月曜朝に目覚めた時。世界は再び、その強力なグリップで私たちを掴み、虜にします。

聖書の中の嘆き王、ソロモンが栄華の果てにこう言っています。
「私は、私の目の欲するものは何でも拒まず、心のおもむくままに、あらゆる楽しみをした。実に私の心はどんな労苦をも喜んだ。これが、私のすべての労苦による私の受ける分であった。
しかし、私が手がけたあらゆる事業と、そのために私が骨折った労苦とを振り返ってみると、なんと、すべてがむなしいことよ。風を追うようなものだ。日の下には何一つ益になるものはない(伝道者2:10~11)。」

…お分かり頂けたでしょうか。私たちの多くが、誤った場所で「希望」や「幸福」といったものを探していることに。まさに、アラスカで、ココナツ探求。
上記のような外部的・物質的要因にのみ頼れば、「手に入れた」と思っても次が、また次があり、心休まることがありません。また、「私が不幸なのは、景気・政治・会社・教師・親…が悪いから」と言ってしまえば、永劫に自己憐憫に浸って、世を儚んで生きることもできるのです。


そうじゃない。と思います。
誰が何と言おうと。
少なくとも、あなたの人生は、そうじゃない。

<あなたと神さま
実に、神さまは、私たちの祈りをよ~く聞いています。
神さまに一心に願えば、私たちの祈りを必ず叶えてくれます。(叶わないのは、エゴ倍プッシュだから?)
そして私たち一人ひとりが、信仰によるすべての喜びと平和で満たされ、感謝にあふれるように、神さまは私たちのすぐそばにいて、希望を与えてくれるのです(ローマ15:13意訳)。

主によって、私たちの心が一新されると、一体どうなるでしょう。

おそらく世界は、身の回りの状況は、全く変わりません。
しかし、私たちはその内面から、希望を見出すことができるのです。

なぜなら、全てが可能な大いなる神、主が、あなたを守り、あなたを導き、あなたを憩わせてくれるから。
天地創造の神が、あなたに期待して、あなたに希望を抱いて、この世に送り出してくれたのだから。
それを知るだけで。それに感謝するだけで…。変わります。

それは、聖書にこうある通りです。
「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。
私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリストイエスにあって造られたのです。 神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです(エペソ2:8~10)。」

「希望」は あなたの中に…の続きを読む
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神のみことば 第二章 第一~四節
2007-07-02 Mon 23:51
神のみことば 第二章:新約聖書 
第一~四節:マタイ~ヨハネの福音書

今日は第二章 第一~四節を読みます。

(「神のみことば」、また冊子については、神のみことば <はじめに>をご覧下さい。また「続きを読む」内にテキストもあります。

神のみことば 第二章 第一~二節 を聴く(1502.2K)

神のみことば 第二章 第三~四節 を聴く(2158.1K)

*上記クリックされますと、MSメディアプレーヤーなどのソフトが起動し、音声を聴くことができます(右クリック→「別のタブ/ウィンドウで開く」がお勧めです。)

*新約聖書の内、四冊の福音書は、前作「主の福音」でより詳しく話されています。併せご査収ください。

ごとう ひでたか 拝
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