fc2ブログ
後藤 秀孝
http://afg2.blog74.fc2.com/
JAPAN
「救われた」クリスチャンについて
2007-04-07 Sat 16:34
ある牧師は言いました。

「私たちはみな、タイタニックの乗客です。
信仰をもって、急いで救命船に乗り込みましょう。
なぜなら既に、船底には大穴が開いているからです。」


私は言います。

「私たちの務めは、沈没の瞬間まで船上にあって、
救いを求める人々を救命船に導き、乗せることです。
そして、タイタニックの場合と違い、
救命ボートが不足することはありません。

なぜなら、私たちが助ければ助けるほど、
神さまは救命船を補充してくれるからです。
それが、私たちのすがる信仰です。」

あなたは「イエス!」と言えましたか…?
言えた方は押してくださいね♪↓
別窓 | 神さまってどんなかた? | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
周囲があなたを批判し、こき下ろすとき
2007-04-06 Fri 17:20
ちょっと聖書の中から引用します。
<イサクの話(創世26:1~30)意訳>

さて、アブラハムの時代にあった先の飢饉とは別に、この国にまた飢饉がありました。それでイサクはゲラルのペリシテ人の王アビメレクのところに行きました。
その地で、主はイサクに現れて「あなたはこの地に、滞在しなさい。わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福しよう。それはわたしが、これらの国々をすべて、あなたとあなたの子孫に与えるからだ。」と仰せられました。
そこで、イサクはその地に種を蒔き、その年に(飢饉にも拘わらず)100倍の収穫を見たのです。主が彼を祝福してくださったのでした。
こうして、イサクは富み、ますます栄えて、非常に裕福になっていきました。

彼が羊の群れや、牛の群れ、それに多くのしもべたちを持つようになったので、ペリシテ人は彼をねたみます。そしてアビメレクはイサクに「あなたは、われわれよりはるかに強くなったから、われわれのところから出て行ってくれ。」と言いました。

仕方なくイサクはそこを去って、ゲラルの谷間に天幕を張り、そこに住みました。そこで、彼の父アブラハムの時代に掘ってあった井戸を、再び掘りあてました。それらはペリシテ人がアブラハムの死後、ふさいでしまったのです。イサクは、父がそれらにつけていた名と同じ名をそれらにつけて、「おK」と言いました。

イサクのしもべたちが谷間を掘っているとき、そこに湧き水の出る井戸を発見。ところが、地元ゲラルの羊飼いたちは、「この水はわれわれのものだ。」と言って、イサクの羊飼いたちと争って追い出そうとしたのです。
このため、しもべたちは、めげずにもう一つの井戸を掘りました。ところが、それについても彼らが争ったので、イサクはさらにそこから移って、他の井戸を掘ることに。今回は、地元住民からその井戸について、争いがありませんでした。

そこでイサクは「今や、主は私たちに広いところを与えて、私たちがこの地で増えるようにしてくださった。」と喜んで、家畜としもべたちを祝福しました。

そのころ、アビメレクは友人のアフザテとその将軍ピコルと、ゲラルからイサクのところにやって来て、こう言いました。「私たちは、主があなたとともにおられることを、はっきり見たので、あなたと契約(不戦協定)を結びたいのです。」

(「そうかよ、へッ」とごとうは内心穏やかではありませんでした。)


上記、時系列に何が起きたのかまとめますと、
① 飢饉にも拘わらず、イサクが豊作だったのをみて、ペリシテ人嫉む。
② あげく、イサクをその地から追い出す。
③ 移住先のペリシテ人羊飼いたちは、イサクのしもべの見つけた井戸を占拠。
④ しもべはもう一つ井戸を掘ったが、それも言いがかりをつけ占拠。

<人は文句をつけるもの>
あなたが成功し、注目されたり、賞賛を受けたり、大きな業績を残すと、一体どうなるでしょう。
一緒に喜んでくれる人と、なんだかんだケチをつける人と、どのくらいの割合で存在するでしょうか。
5:5? 4:6? … 1:9?

もし50%の人が一緒に喜んでくれたとしたら、あなたは素晴らしい友人に囲まれていますね。
もし10%の人しか一緒に喜んでくれないとしても、平均より良いと思いますよ。

そう。それほど「渡る世間は鬼とゴシップと批判ばかり」なのです。


<なぜ批判するのか>
端的に言うと、(他人の価値を認めたくない)(自分の方がどっちかと言うと優れているのを示したい)ということ。

「素晴らしい歌声だった。でも、あの衣装にあの靴は、センスないわね」
「料理はおいしい。でもサービスと店内の感じがどうも気に食わん」
「いい小説だったけど、前作の方がよかった」
「あいつ、今は成功しているけど、いつか没落するに決まってる」

一流の音楽家をこき下ろすことで、自分にどれだけセンスがあるか。
行列ラーメン店を批判して、自分がどれだけラーメン通か。
流行作家へのグチをこぼして、自分がどれだけ深く文学できるか。
成功を納めた起業家の記事を読んで「同じチャンスが巡ってきたら」自分だったらどれだけ成功できたか。
ということを、証明したいのです。

それはつまり、「他者を押し下げることで、自分を高めて、満足を得る」ということです。


神さまの目線で>
神さまの目には、あなたは誰にも引けを取らない、素晴らしい存在である。」
私たちがそれを知らないと、周囲に自分の価値を認めさせるのに、色々苦労することになります。

上記のグチ・批判癖も、単純にその現われです。自分をせめてAさんより高くしたい。高い自分を、皆さん見てください。崇拝してください!!サインは後で。

そんな、人間の心理の深奥に眠る、強力な欲求の現われなのです。その欲求は、私にも、あなたにも、そして周囲の誰にでも、存在します。


その欲求への対処法を、非常にこの世的に説明してくださったのが、主イエスキリストです。

「婚礼の披露宴に招かれたときには、上座にすわってはいけません。あなたより身分の高い人が、招かれているかもしれないし、あなたやその人を招いた人が来て、『この人に席を譲ってください。』とあなたに言うなら、そのときあなたは恥をかいて、末席に着かなければならないでしょう。
招かれるようなことがあって、行ったなら、末席に着きなさい。そうしたら、あなたを招いた人が来て、『どうぞもっと上席にお進みください。』と言うでしょう。そのときは、満座の中で面目を施す事になります。
なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです(ルカ14:8~11)。」

また、

「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。
あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい(マタイ20:26~27)。」


つまり、こういうことです。

自分を高くしたいと望むなら、他人を高く上げましょう。
社内での自分の評価を上げたいと思うなら、部下や上司の評価を上げる努力をしましょう。
あなたがAさんより素晴らしいことを証明したいなら、Aさんの素晴らしさをまず認めましょう。


<困難があるときこそ、努力を倍にする>
イサクの話に戻ります。彼が国を追われ、ゲラルの谷間に移り住んだとき。彼のしもべたちが掘りあてた井戸を、地元の羊飼いたちは脅迫し、接収します。しかも2度も。

それに対して、イサクはへこたれたでしょうか。怒りから報復しようとしたでしょうか。

いいえ、彼は占拠された井戸に未練を残さず、次、そしてまた次と、努力を続けました。
その結果、彼は更に豊かになり、過去に遺恨を残したアビメレク王すら、出向いてきて、同盟を結ぶことを請うたのです。


困難があるとき。周囲の理解がなく、理由のない否定にさらされるとき。
私たちには、世間や、周囲や、社会を恨んだり、自分の将来を悲観して、凹むことは簡単にできます。

しかし、そんなときだからこそ、努力を倍にして、自分の使命達成のために邁進しましょう。


なぜなら、努力の成果とともに、人々の公平な評価や、賞賛もまた来ることを、私たちは知っているからです。

あなたは「イエス!」と言えましたか…?
言えた方は押してくださいね♪↓
別窓 | 信じると、あなたに起こること | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
信仰に歩むために
2007-04-05 Thu 13:41
「超自然的現象」「癒しの奇跡」「エクソシスト的悪魔祓い」は、あればそれは素晴らしい。

それによって救われた方たちも感謝するでしょうし、周囲で目の当たりにした人たちが、それがきっかけとなって信仰に入ることも、たくさんあると思います。

しかし、私たちが信仰に歩むために、それらの「しるし」が絶対に必要、というわけでもないはずです。


◎なぜなら、私たち一人ひとりが、生の奇跡を内包しているのだから。
◎そして、掛け値なしの主イエスの愛を、その身に受けているのだから。
◎世界中で人々が「アーメン」と言う、大きな人生の変化が、確かに起きるのだから。


全ては、約2000年前の、あの日。
イエスキリストが、ゴルゴタの丘で十字架の死を受け入れられてから、始まりました。

何代も、何代も、人類は変わりましたが。
あなたからの愛と恵みは、今日も何一つ変わることなく、私たちの中にあります。


それが「しるし」でなくて、一体なんでしょう。

あなたは「イエス!」と言えましたか…?
言えた方は押してくださいね♪↓
別窓 | 「この世の真理」とは | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<ハンバントタ出張編Ⅵ>
2007-04-05 Thu 00:04
前回よりのつづき。ハンバントタ県、事業評価ミーティングより。

<カプワッタ村(野菜栽培)、担当者(インストラクター1名、ソーシャルワーカー2名、英語教師1名、スポーツコーチ1名、コミュニティワーカー1名)よりのコメント>

「カプワッタは幹線道路から3kmも入ったところにある、辺鄙(へんぴ)な村です。異なる村から移住してきた村人たちは、お互い親交もなく、今まで来てしまいました。
たくさんの団体が来て、調査をし、その内いくつかは支援物資を残していきました。しかし、JENはそこに訓練と、心理学カウンセリングを加えて、野菜栽培という継続して行なえる技術と共に、家庭内問題などを自分たちで解決できるような素地を作ってくれたのです。
最近になって、一つ面白い試みをしました。村人たちを伴って、初めて砂浜に行ってみたのです(津波発生から2年以上経過していますが、村人の多くは恐怖から、海岸線へ近づくことを避けていたそうです。これもトラウマがどれほどの長期間、障害をもたらすのかを如実に顕わしていると思います。)最初は恐る恐るですが、皆さん水に近づき、最後のほうでは歓声を上げて、波打ち際で遊んできました。(SW)」

「ある工夫で、出席率を高めることができました。それは、『種であれ、栽培道具であれ、一度に上げてしまうのではなく、必要にあわせて毎日少しずつ渡していく』ということです。
2ヶ月のトレーニングの後、ある参加者は『私も友達に栽培を教えるわ』と意気込みを表しました。こうして、周辺地域にも、知識が共有されていくでしょう。
地方行政(保健省、農業省)からのビジターを受け入れ、村を視察してもらうことで、再定住地域の今後の安定と発展を図ることも、面白い試みだったと思います。(Inst)」

「長老たちを巻き込んだ、子どもたちの活動は成功裡に終わりました。この村でも、ドロップアウトの子どもたちが多いのですが、気軽に参加できるJENの課外活動では他の子どもたちと楽しそうに遊んでいました。こうした交流を通じても、再び学校へ戻る意欲が、芽生えてくれるといいと思います。(SW)」

「崩壊した家庭。手に負えない子どもたち。それがこの2ヶ月で、本当に魔法のように、変わっていきました。
この前の体育の日に催されたスポーツ大会でも、JENの課外活動参加者は、他の子どもたちを凌駕して、いい成績を残したんですよ。(スポーツコーチ)」


<彼らに対するコメント>
「地方政府の職員などを招くことは、事業後の村の自立発展に大きく貢献すると思います。これも今後、私たちのコモン・プラクティスにしていきましょう。
また、もし行政職員を呼ぶ機会があったら、私たちにも一報くださいね。『日本人が来る』と言えば、彼らにとっても多少の動機付けになるかもしれないし、そのとき移動手段なども提供できるでしょうから。私たちをダシに使って、彼らを招いてください。」


<メッタ村(子どもの活動)、担当者(ソーシャルワーカー1名、英語教師1名、スポーツコーチ1名、コミュニティワーカー1名)よりのコメント>

「経済状態が思わしくないと、両親の子どもに対するケアも低下してしまう。それが顕著だった村でした。
今回は特に子どもの活動だけだったので、長老たち・親御さんを巻き込むのが難しかったですね。しかし忍耐強く話をしていくうちに、理解が得られ、少しづつですが地域の姿勢が変わっていったように思います。バレーボールコートの整備では、村人が一丸となって『子どもが安心して遊べる公園を造ろう!』と励みました。
今では、発足した子どものスポーツクラブが、タンガッラ郡のスポーツ省職員から認定を受けています。(スポーツコーチ)」

「英語教室は、成功したと言えるでしょう。今では近隣の村でも、私たちを真似て同様の教室を始めています。(英語教師)」


<彼らに対するコメント>
「親御さんたちに直接的なメリットがないと、協力を得づらい。それは本当だと思います。義務教育の制度すらないパキスタンでは、クッキーや調理油などを上げる条件で、子どもたちを学校に呼び込んだりしていました。だから、その苦労は分かります。
それを乗り越えて努力してくれた、皆さんの貢献に感謝します。」


<終わりに:全体への感謝のあいさつ>
「皆さんの、そして村人たちのコメントの中で、『JENがOOしてくれたから』ということを頻繁に耳にしました。しかし、JENって何でしょう。

遠隔地の村に、毎日足を運んだのは、JENでしょうか。いいえ、あなたたちです。
村人たちのこころを解きほぐしたのは、JENでしょうか。いいえ、あなたたちです。
子どもたちに規律と励ましを与えたのは、JENでしょうか。いいえ、あなたたちです。

村人たちの賞賛も、感謝も。全てはあなたたちに対するものだった、ということです。
難しい立地。水不足。暑い最中の屋外作業。そんな困難にも負けないで、努力してくれた皆さん、一人ひとりが、村人にとっての『JEN』なのです。

本当にありがとう。村人に代わって、もう一度、大きな拍手を送りたいと思います。」

こうして、長くて短い、2泊3日のハンバントタ出張が、幕を閉じたのです。

いつも応援感謝しています。
あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ
愛と平安を見いだすことができますように。
別窓 | スリランカ篇 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<ハンバントタ出張編V>
2007-04-04 Wed 13:04
前回からのつづき。ハンバントタ県、事業評価ミーティングより。

<マルガンプラ村(魚網作成)、担当者(インストラクター1名、コミュニティワーカー1名)よりのコメント>

「訓練に関して、満足のいくの出来だったと思います。今では主婦たちが、魚網の補修と、新しい魚網を作成することができるようになりました。
立地が悪く、タクシーも村までは辿りつけませんでした。しかし私たちが日々通い続けたので、事業開始当初は日中何もする意欲がなく、食べて、寝ていることが多かった村人たちも、少しずつ外に出て、話をするようになりました。
また、村の長老たちも巻き込んで、村の互助会を立ち上げ、今後の村の経営を見守っていく態勢も、作り上げることができました。(Inst)」

「JENの事業に、村人全体が感謝しています。怒りや鬱などの感情のコントロールも、皆さんできるようになり、こころの平安を取り戻すことができました。
確かに困難はあるけれど、今では村が一体となって、それに向かうことができるようになりました。(CW)」


<彼らに対するコメント>
「村の裁定権者である、指導者・長老たちを巻き込む、というのは、事業の自立発展性を確保する為にも非常に有効な手段です。これを、今後も私たちのコモン・プラクティスにしていきましょう。
皆さんの努力に感謝して、大きな拍手を送りたいと思います。」


<カラニガマ村(野菜栽培)、担当者(インストラクター1名、ソーシャルワーカー2名、英語教師1名、スポーツコーチ1名、コミュニティワーカー1名)よりのコメント>

「『雨がない』それが一番切実な問題でした。そのため大地も堅くなっており、耕すのに非常に大きな労力を伴いました。
また、男性のアルコール依存の問題もあり、一体どうなることかと心配していましたが、村人たちの努力と、カウンセリングや訓練を繰り返すうち、多くの心の問題は解決することができました。
今も雨季が遅れていますが、すでにオクラの収穫ができたりと、少しずつ成果が実り始めています。(SW)」

「一番心配させられたのが、水不足です。しかし村人たちは、苦労も厭わずに朝晩と水遣りをし、植物の成長を見守りました。
そんな彼らが、今では近隣の村(カハンダモダラ/ニダハスガマ村)に対して、習得した農業技術を教えています。(Inst)」

「この村では、学校からドロップアウト(不登校・自主退学)してしまった子どもたちも多くいました。学習に対する意欲が乏しく、特に英語など『勉強する意味あるの?』という姿勢で来る子が多かったのです。
しかし参加者も徐々にふえ、楽しんで学ぶことを通じて、学習への喜びを教えることができたと思います。
またスポーツ活動では親御さんたちがバレーボールグラウンドの整備を手伝ってくれるなど、事業に対する理解を示して、手伝ってくれました。(SW)」

「授業の内容もそうでしたが、私が子どもたちに与えられたのは、『励まし』です。
こうした前向きな変化を生み出してくれたきっかけとなる、JENの事業に感謝します。(英語教師)」

「2004年、12月に津波で被災して後、私たちはここカラニガマに家をもらいました。この再定住地域に越してきてから、初めて村を訪れたNGO。それがJENです。プロジェクトアシスタントのサラタさんが村に来て、視察しながら、色々話を聞いてくれました。
そして(水不足の為水道代は上がりましたが)野菜栽培のトレーニングの甲斐もあって、ブルドーザーで密林を切り開いた跡地に、今では緑が戻りつつあります。また、当初手入れされていなかった庭にも、今ではしっかりフェンスがつけられました。
ソーシャルワーカーたちが住む場所を決めかねていた時、私は自分の家に一緒に住むことを提案しました。それから、この若い3人の女性たちと過ごし、昼夜と彼女たちを守るように働きました。
この2ヶ月間、とても素晴らしい時間をありがとうございます。この気持ちを、私は一生忘れません。(CW)」

「以前はケンカや、家庭内不和が絶えなかったこの村。しかし、事業が終了した今、子どもたちの笑顔と、うるさいくらいの話し声が、この村復活の一番の証拠だと思います。
学習意欲の低かった子どもたちも、今では時間通りに授業に参加するようになり。スポーツでは村人たちが率先して、道具の管理をするようになりました。
また野菜に関しても、あと2ヶ月もすれば他の収穫も期待できますから、家計の大きな助けになると思います。(SW)」

「当初は興味半分で来ていた子どもたちですが、徐々にその技術レベルも高まってきました。あと4~5ヶ月も継続してトレーニングができれば、地域大会でも優秀な成績を残すことができるでしょう。
そこまで見守れないのが残念ですが、村のスポーツクラブ設立など、前向きな変化も見受けられたので、あとは村人の努力で継続されていくことでしょう。(スポーツコーチ)」


<彼らに対するコメント>
「当初荒野だったこの再定住地域で、村人たちが地を耕し、水を撒き、肥料をやって、こうして収穫が得られるようになりました。砂漠に似た荒野から、緑が。『無』から『有』、『0』から、何か『価値あるもの』が、生まれたのです。
子どもの教育も同じです。『お前はドロップアウトだ』と言われることが、子どもたちにとってどれだけ辛いことなのか。学校が、勉強が嫌いになるのも、自然だと思います。
しかし、皆さんの努力で、こうした子どもたちにも、再び、学習への喜びが芽生えたと思います。
仮に彼らが学校へ戻らなくとも。この学習への意欲を胸に、彼らは勉強を続けることでしょう。
ここでも『0』から、『将来への希望』を、生み出すことが、できたのではないでしょうか。
それもこれも、全て皆さんの努力のおかげです。本当にありがとう。拍手を送りたいと思います。」
<つづく>

いつも応援感謝しています。
あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ
愛と平安を見いだすことができますように。
別窓 | スリランカ篇 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<ハンバントタ出張編Ⅳ>
2007-04-03 Tue 17:21
続きまして、3月30日、事業終了後<評価ミーティング>での、JENスタッフたちに対するコメント集です。

「今日は忙しい中、集まってくれてありがとうございます。

昨日村を回り、参加者の皆さんから話を聞く機会がありました。皆さん一様に言われていたことは、『ありがとう』『みんながいなくなると、寂しい』ということでした。

2ヶ月という短期間で、こうした友情が育めたことは、ひとえに皆さんの努力のおかげです。
本当に、2ヶ月で友だちを作ると言うのは、難しいことです。特に、こころの奥底を話し合える、親友を作るのは至難の業ですよ。

しかも、トレーニング参加者の方たちは、高齢の方もいて、あなたたちの何人かにとっては、お母さんや、おばあちゃん、と言った年齢の方たちでしょう。そんな彼/彼女らが、あなたたちを、自分の娘、息子のように扱い、また地域の一員として迎えてくれたこと。彼らと非常に深いレベルで、親睦が築き上げられたことは、あなたたちが日々費やした時間と、心配りと、労力の賜物です。

本当にありがとう。あなたたちはJENの、そして村人たちの誇りです。皆さんの尽力に拍手を送りたいと思います。


そして今日は、今期事業で見られた「要改善」だったこと、また次期事業への提案といったことを、忌憚なく話していただければと思います。どうぞよろしくお願いします。」


<ヤエヤワッタ村(魚網作成)、担当者(インストラクター1名、ソーシャルワーカー2名、英語教師1名、スポーツコーチ1名、コミュニティワーカー1名)よりのコメント>

「最初は5名のスタッフでリクシャー(タクシー)を使い、村に通っていたのですが、村人たちが皆歩いているのを見て、私たちも歩くようになりました。村人たちと同じ目線で、同じ境遇で、体験してみないと分からない想いが、あると思ったからです。
心理学カウンセリングにおいては、2ヶ月間で満足のできる成果が得られたと思っています。しかし、こうしたこころのケアは、ふとした弾みで戻ってくるトラウマや鬱などに対して、継続して実施することが望ましいのです。
漁師の村であるヤエヤワッタは、男性のアルコール依存などでDV、家庭内不和と言ったケースが絶えません。忍耐を持って、カウンセリングを継続する必要があると思います。(SW)」

「最初は、『何て辺鄙(へんぴ)な村を選んだものだ』と、恨み節をぶっていましたが、村人の立場から見れば、それが彼らの生活であり、家なのです。政府からの支援も不足し、立地も最悪で、バス停や公共施設からも遠い。道が悪くて、車も満足に入れない。
魚網作りの技術を教えながら、家庭内での問題がある参加者から話を聞いて、心理学専門家に相談しました。このカウンセリング機構は、訓練で補えない部分を補完して、非常によく機能していたと思います。
事業が終わってみると。村人たちは優しく、最高の人たちでした。一生私の思い出に残る、事業村だと思います。(Inst)」

「経済的不安や、新しい居住地でのストレス、両親の不仲、というのが子どもの心理状況にも大きな影響を与えてしまっていたのが、事業開始当初の状態でした。家族ぐるみで教育に対する意欲が低く、学校に行かない子どもも多くいたのです。
父親は漁出張・アルコール依存などでなかなか有益な話し合いができなかった為、母親に働きかけました。こころが荒んだまま、大きくなっていってしまう子どもたちが、彼女たちの心配の種でもあったからです。
今では、子どもの課外活動への継続の意欲も高まり、村が独自に『子どもスポーツクラブ』を設立して、子どもたちの保護や、道具の管理などを行なっています。(SW)」

「ヤエヤワッタ村から近くの学校まで、4kmも距離があるため、子どもたちは学校から帰ってくると、疲れて学習意欲が落ちてしまっていました。特に英語は、苦手意識を持っている子どもが多く、最初はどうなることかと心配したものです。
しかし、『とにかく楽しい授業を』と心がけ、学校帰りの子どもたちや、ご両親に働きかけたところ、時間が経つにつれ、たくさんの参加者が集まるようになりました。(英語教師)」

「今では、主婦だった女性たちも『この魚にはこの網ね』『この構造は浅瀬向けね』などと、識別できるようになりました。また、子どもたちは英語で自分の名前が書けたり、『私はヤエヤワッタ村出身です』と言えるようになったりと、進歩が見られます。
ヤエヤワッタは水もまだ来ていないし、道路の状況も悪いです。しかし、地域社会が団結して、改善に向けて動き出しています。今では、村人の多くが、『必ず状況は良くなる』と信じています。(CW)」

「昨日が事業期間の最終日で、私も終業式に参加していた訳ですが、その帰り道で子どもたちが『ねぇ、明日も来るの?』『今度はいつ?』と、聞いてくるのです。
あの『言葉遣いも年長者への態度もNG』だった子どもたちが、です! 今では彼らの間でも、友情やお互いへの尊敬が芽生えました。怒りや憤りをコントロールできなかった子どもたちが、今では全く別人のようです。
本当に何て奇跡を、この事業はもたらしたことでしょう。(スポーツ)」


<彼らに対するコメント>
「私は今でも、中間ミーティング時に、あなたたちから聞いた話を覚えています。『政府からも忘れられ、隔離された村』『遠隔地』『態度超悪ガキ』『アル中亭主関白』などなど。その村が、一体どんな変貌を遂げたのか。
私が昨日訪れたとき、その変化は村人たちの笑顔の中に見られました。そして、今日皆さんから聞いた話の随所に、聞くことができました。
全てはあなたたちの、努力のおかげです。ありがとう。村人に代わって、再び拍手を送りたいと思います。」
<つづく>

いつも応援感謝しています。
あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ
愛と平安を見いだすことができますように。
別窓 | スリランカ篇 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
Intermission:異言について
2007-04-02 Mon 17:36
今日4/1のPeople’s Church, Assemblies of God(スリランカ)では、標題の通り「異言」について、豪州在住アメリカン牧師が熱く語っていました。彼いわく、
「ペンテコスト系の教会で、40%以上が「異言」を話せないなんて、何てだらしない」とのこと。

説明しますと、「異言」とは「人間語」ではなく「聖霊語」のこと。神さまと直接話し合える、すごい言語らしいのです。頭で、特に左脳で聞いても、ぜんぜん意味分かりません。それが「異言」です。

というと、勘の良い読者の方ももうお分かりかもしれませんが、筆者は「異言」が話せません。

そんな私をあざ笑うかのように、今日は①アメリカン牧師に「異言!」「異言!!」と促されること、②聖書クラスでも再び、尊敬するBandula牧師に「異言、やってみる…?」促されること。と重なりました。

典型的左脳(全てをテキスト化し、論理で理解しようとする)人間の私に、彼らは説明してくれます。「異言」とは、①聖霊に満たされていれば、自然に出る。②そのあふれ出てくるものを、頭で考えたりせず、解き放てばよい。ということです。

そして、皆さんで円陣を組み、5分を上限として「異言」大会開催。


その5分、周囲の聖霊語を聞きながら、私は黙って祈っていました。「異言」よ出ろ!!という類の物では全く無く(ゴメン)。正確に言うと、神さまへの感謝です。

神さま、あなたがいなければ、今の私はいません。
私が粉々だった時、あなたは破片を拾い集めて、つなげてくださいました。
私があらぬ方向へ向かう時、あなたは辛抱強く待っていてくださいました。
私が必要なレッスンを、必要な時に、あなたは受けさせてくださいました。
あなたの導き、恵みと愛に、感謝します。

あなたが、頑固でエゴばっかりの、私のような人間を変えることができたのなら。
あなたの手は、どんな人の心でも。それがどれだけ堅く、閉ざされていようとも。
あの巨大な氷河をすら溶かす太陽の光のように、彼らの心を開くことができるでしょう。

どうぞ神さま、ちっぽけな人間である、私という器を使ってください。
あなたの栄光を、より多くの方が見られるように、私を用いてください。
彼らが元のように、しあわせに生きられる道を、光を、示してください。」

結果。

残念ながら、「異言」は、出ませんでした。
しかし、満面の笑みと、閉じていた目からは涙が。代わりに出ました。

その後、Bandula牧師は、ただ祈り、励まして、私を送り出してくれました。


教会からの帰り道、私はまた神さまに聞きました。

「できるフリして「異言」を話すより、私は私自身と、あなたに正直でいたい。
周囲に流されるのでなく、誰かから強要されるのでなく。出るようになれば、それは素晴らしいことだけれど。
だから、みんなとBandula牧師を喜ばせる為に「話せるフリ」はしませんでした。
でも、私にとって「異言」とは、あふれ出る感謝の想いと、笑顔と涙だったみたいです。
とりあえず今は、これで勘弁してくれますか…。」

そこで示されたことばも、私の大切な宝物になっています。
「誰もが違うギフトを持っている。誰もが違うDNAを持ち、誰もが違う顔つき、髪の色、声音、姿をしている。あなたと全く同じ人間など、過去にも、現在にも、未来にも、存在しない。
だから、誰もが、型にはまったように、「同じ」でなくていいんだよ。
「異言」が話せることも賜物だけれど、あなたには他にも、たくさんのギフトがあるよ。
わたしは、ありのままのあなたを、愛しているのだから。」

「ありがとうございます。あなたのことばが、私のすがる慰めです。」

ならば、私の「異言」は、私の笑顔だ。私の感謝だ。私の素直な、喜びの涙だ。
「異言」と違って音は出ないが、私の中から溢れてくるもの。
それを使って、あなたの下さった愛の喜びを謳おう。

「異言」と違って、笑顔や感謝の言葉は、いつでもどこでも、誰に対してもできる。
ならば私はその賜物を誇ろう。それが私の「異言」だ。

そこまで辿りついて、肩の力が抜けました。


ありがとうございます。
再び神さまに、感謝なのです。

いつも応援感謝しています。
あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ
愛と平安を見いだすことができますように。
別窓 | 教会へ行く | コメント:4 | トラックバック:0 | top↑
<ハンバントタ出張編Ⅲ>
2007-04-02 Mon 17:29
「卒業おめでと」メッセージIIIです。今度はヤエヤワッタ村(魚網作り・修繕のトレーニング)で。

同じく、スリランカクリケットチーム、ピッチャー:マーリンガーの話。しかし、ここでひねりました。

「敗戦ムード一色に染まるスリランカチーム。しかし、マーリンガーは違いました。彼は勝利への執念と、情熱を片時も捨てなかったのです。
彼は、一球一球に集中しました。あとバッターが何人いるとか、次は嫌なバッターだとか、そんなことは考えず。一球一球、その時のバッターに集中して、全力でボールを投げ込みました。

その結果が、昨日の「クリケット史上に残る、連続4アウト」です。

そんな彼から、私たちも学べることがありますね。
それは、マーリンガーがしたように「一球一球に全力を傾ける」と言うことです。

この完成品の魚網を見てください。あなたがたの努力の結晶です。
しかし、この魚網も実は、一つ一つの結び目、一つ一つのセクション、その組み合わせでできています。
一つ一つの結び目は、あまりに小さい。しかし、みんなで力を合わせ、継続して行うことで、この巨大な魚網をつづり合わせることができたのです。

人生も同じだと思います。これから自営業を立ち上げようとしている方。将来への展望を夢見て、がんばっている方。あなたがたに覚えておいてほしいのは、何事も「一歩一歩」着実に進めよう、と言うことです。

焦らずに、慌てずに、手元の結び目の一つ、また一つを、確実に仕上げていきましょう。その繰り返しが、最終的にどんな大きな事業をも、成功させる秘訣なのですから。

本当に長い期間、参加して頂き、どうもありがとうございました。皆さんのこれまでの努力と、これからの人生に、大いなる励ましのエールと、拍手を送りたいと思います。」


<村人のコメント>
「JENは、私たちが津波直後の簡易シェルターで生活していた頃から、緊急支援物資の配布などを通じて、私たちを支えてくれていました。
トレーニングは、新しい知識を学び、忙しく集中して手作業をすることで、苦い思い出から少しずつ遠ざかることができました。訓練を通じて新しい友達ができたりし、村人の間に融和と平安が訪れました。
魚網作りの訓練を終え、私たちには将来の像も、少しずつですが見えてきました。網の補修作業で、生計が立てられる、と言う希望です。
今後もこの技術を活かして、自分たちの手でしっかり生活していけるように、がんばります。(S.H.ヒーンノーナさん、女性)」

「この村はほとんどが漁師の村です。ですから事業開始当初は『妻が魚網作りを習う?冗談か?』と勘ぐっていました。当時はそんな疑いの眼差しで、妻の話す『機能的・先進的な魚網講座』の内容を聞き、『いやいや、それは違う』などと自分の知識をひけらかしていました。
しかし、時間のあるとき自分も講習に参加してみて、『ああ、なるほど』と思わされることがたくさんあり、それ以後は機会の許す限り、話を聞きに行くようになりました。自分で『分かっている』と思い込んでいたことが、実はたくさんあったのです。
今では、夫が漁に出て、妻がその留守中に魚網の補修ができ、家族が一丸となって家計を支えられるようになりました。
給水管や、排水溝の整備など、まだまだ問題が山積みのヤエヤワッタですが、村人みんなと対話しながら、解決・改善していきたいと思います。(M.H.サーンタクマーラさん、男性)」

「JENの事業は、私たちの生活を再建する上で、非常に大きな助けになりました。これまでは男性だけが、漁や魚網について知っていたのですが、今では女性たちも知識を高め、夫たちの手伝いができるようになったんです。
二ヶ月という期間は、本当にあっという間で、2週間のような気さえしています。
生活を共にしてきた、ソーシャルワーカーたちとの別れが辛いです。私たちのことを忘れないで。」
<つづく>

いつも応援感謝しています。
あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ
愛と平安を見いだすことができますように。

あなたは「イエス!」と言えましたか…?
言えた方は押してくださいね♪↓
別窓 | スリランカ篇 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<ハンバントタ出張編Ⅱ>
2007-04-01 Sun 15:58
「卒業おめでと」メッセージIIです。今度はカプワッタ村(野菜栽培の訓練)で。

「今日はお忙しい中集まっていただき、また、2ヶ月という長い期間、トレーニングに参加していただき、どうもありがとうございました。

話は変わるのですが、昨晩のクリケットの試合を見た方は、何人いらっしゃいますか?(世界戦、スリランカと南アフリカの試合で、町中でTVが放送していた試合。参加者の7割が手を上げる)

序盤戦から、スリランカは不調でした。主力打線があっけなく打ち取られ、総合点数が低かった為に、南アの打順を待つ以前に(ああ、もう勝てないな)と思った方も多かったことと思います。

しかし、スリランカの守備に変わって。南ア、200点前後でしょうか。スリランカのピッチャー、マーリンガーが、クリケットの歴史に残る「4打者連続アウト」を達成したのです。場は一気に活気づきました。

それまでは、球場のファンたち、またスリランカチームの中でも「もう勝てないべ」というムードが漂っていました。点数が低すぎる、強力打線の南アをそれ以下で抑えることなんて無理…。彼らの知識・経験から、「もう何やっても無駄」「勝てない試合」という回答が、出てしまっていたのです。

ですが、マーリンガーは違いました。
周囲の敗戦ムードをよそに、彼は勝利に対する執念を、片時も捨てなかったのです。

そして、全力でボールを投げ込み、4人のバッターをアウトに。彼の胸にあった情熱と、執念の火が、その内チームメイトに燃え移り。そして、球場全体に燃え広がりました。その光景には、南アの監督が表情を堅くし、脅威を覚えたほどです。

結果、スリランカチームは負けましたが。マーリンガーはこの「クリケット史上、最高の記録」を打ち立てるに至ったのです。負け試合を「歴史的な一瞬」に、変えることができたのです。


私たちにも、彼から学ぶべきことがあります。それは「勝利をあきらめない執念、情熱」です。私たちにとっては、「将来への希望をあきらめない執念、情熱」と言い換えることができるでしょうか。

参加者の中で燃える、希望の火。それは必ず、ここカプワッタ村全体に広がり、そしてその周囲の村々に、拡大していくことでしょう。私たち一人ひとりが、自立と再生の歴史を築くのです。

皆さんのこれまでの努力と、これからの人生に、大いなる拍手を送りたいと思います。」


<村人からのコメント>
「朝晩と汗を流し、庭の手入れをしました。しばらくすると、夫も朝の水遣りを手伝ってくれるようになり、私たちの庭は豊かに、緑に、育っていきました。
今ではこれまでの努力の成果が目に見えて顕われてきて、毎日庭いじりが楽しみになっています。
知識も、道具もありがたかったけれど、それ以上に、日々つきっきりになって話を聞いてくれたソーシャルワーカー、コミュニティワーカーとの友情が、一番の宝物です。訓練はこれで終わりだけれど、またいつでも遊びに来てください。」

「数多くの国際・地元NGOが、津波の後村に来て、支援物資を残していきました。でもスタッフが私たちと一緒に訓練に参加して、こころの傷を癒し、再び話ができ、笑えるように働きかけてくれたのは、JENだけです。
カウンセリングと、子どもの活動が特に印象的でした。これまでは、夕方になると怒鳴り声や、ケンカの音が絶えなかった村に、今は子どもたちの笑い声や、おしゃべりが、うるさいくらいに聞こえるようになったのも、JENの心理的なケアのおかげだと思っています。」
<つづく>

いつも応援感謝しています。
あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ
愛と平安を見いだすことができますように。
別窓 | スリランカ篇 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
BACK | キリストの愛を 超多忙なあなたに |
copyright © 2006 キリストの愛を 超多忙なあなたに all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
/