後藤 秀孝
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JAPAN
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「暗やみ」で「マンホール穴」
2007-01-31 Wed 14:09
日本なら「一体どういう神経してんの?」「訴えてやる!」と言われかねないコンビネーションですが、ここスリランカでは結構あります。確かに道の脇の排水溝上なのですが、運転マナーのすばらしい途上国では歩行者はよく隅っこに追いやられるのです。そこにぽっかりと、L60cm×W60cm×D180cm位の大穴が口を開けています。ふたなど忘れてください。

特に夜間では、「危ないな」と思わされた瞬間が何度かありました。落ちたら、打ち所にもよりますが、骨折ありかも。そして、「邦人マンホール穴に落ちる」「マンホールに落ちた日本人男性、15時間後に無事救出される」などとNHK国際辺りから、実に不名誉な報道をされる可能性すらあるのです…!

そんな事を考えながら、帰路を急いでいると、「人生もそうかも」と思わされました…。

私たちは誰でも、まっくら闇の世界で、手探りですすんでいます。つまり、次の瞬間起こることなど、人間には予知できませんから。怖くて、しゃがんでじっとして居たいんだけど、生活しなきゃいかんし、家族を養わなきゃいかんので、前進する。世間が「学歴」「仕事」「マイホーム」「年収」「車」「最新のトレンド」「噂の名店」などなど、次から次へと売り込んでくるモノを、達成感や満足を求めて、手に入れていく。

でも、やっぱり満足できない。上には上がいるし、隣の芝はあおい。恐怖もある。病気怖い。倒産怖い。借金怖い。批判怖い。孤独怖い。人前怖い。フラれんの怖い。死ぬの怖い…。暗やみはいつまで経っても、暗やみのまま。

そこに射した光。それは、主イエスが生まれる約800年も前に、イザヤによって語られた言葉にあらわれています。

「闇の中を歩んでいた民は、大きな光を見た。
死の陰の地に住んでいた者たちの上に
光が照った(イザヤ9:2)。」

この光とは、一体何でしょう。そう、主イエスキリストの携えて来てくださった、福音です。あなたが無償で受けることのできる、「道であり、真理であり、いのち」なのです。

「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる(ヨハネ7:37~38)。」

また、
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです(マタイ11:28~30)。」
聖書にも書いてある通りです。

だから、もしあなたがほんの少し、関心・興味を持たれたのなら。人間の作った薄っぺらい「宗教」という定義から来る、偏見や既成概念を一度きれいに取っ払って、本当の神さまの愛に触れてみてください。自分で納得のいくまで、調べ、尋ね、探してみて下さい。

神さまは、そんなあなたの質問や、疑問に必ず答えてくださいます。何でも「求める者は受け、捜す者は見いだし、叩く者には開かれる(マタイ7:7~8)」からです。

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For Those Tears I Died
2007-01-30 Tue 17:32
おそらくあまり知られていない曲ですが、主イエスの私たち一人一人に対する愛と、その救いを美しく歌い上げている作品。もちろんシェアさせてもらいます。

「For Those Tears I Died」
(あなたの涙のために)

Jesus said,
イエスさまはこう言いました。
'Come to the water
stand by my side
「そばに来て、いのちの水を飲みなさい。
I know you are thirsty
あなたの渇きをいやすために。
you won't be denied...
飲みなさい、好きなだけ飲みなさい。

I felt every teardrop
暗闇であなたが流した、涙のしずく
when in darkness you cried
その一滴一滴の理由も、痛みも分かっているよ。
and I strove to remind you
あなたに伝えたい。その涙のために、
that for those tears I died'
私は自分自身を十字架に捧げたのだと。」

いい歌詞です。
曲は何とかしてアップする予定。いざとなったらアカペラでも…?
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とか言っていたら、やっと見つけました。by Gaithers。更新します。
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Ben-hur;A Tale of the Christ
2007-01-29 Mon 15:02
DVD版のBen-hurでは、ベンハー役のチャールトン・ヘストンが、裏音声で映画の解説をしています。その中でこの映画について、非常に面白い裏話が聞けたので共有したいと思います。

小説「ベンハー」の作者、リュー・ウォラスは、米国の南北戦争を戦った将軍であり、その他にも弁護士、教授、トルコ使節など、様々な肩書きを持っていた当時の有力者でした。そんな彼が、多忙なスケジュールの合間を縫って、執筆したのが小説「ベンハー」だったのです。

イスラエルの一王国ジュディアの若き王子、ベンハーと、幼馴染でローマからイスラエルの司令官として戻って来たマッセーラとの友情と、葛藤、裏切り、そして復讐。端的に言ってしまえばそんな物語です。いわゆる「グラディエイター系」です。だから一見、主イエスがからむ部分など、無いように思われます。しかし、様々な布石としるしによって、ベンハーが確かに導かれていたことが、最後に明らかになるのです(これは見てのお楽しみ)。

執筆当初、ローマ支配下のイスラエルの状況、この主演の若者二人の愛憎・復讐劇を中心に描写していく、と言うのがウォラスの主目的でした。主イエスキリストによる奇跡と救いというのは、ある意味補助的なものだったようです。

しかし有能な弁の士として、また学術家として、ウォラスは事実関係と、また「イエスキリスト」と言う人物について、詳細にわたる調査を行ないました。すると、リサーチの開始地点はやはり「聖書」、特に4冊の「福音書」から始まり、次々と他の福音書、ユダヤ教の記述、古代ローマの文献、歴史書…。そんな物を読み進めて、物語の骨子を組み立てたのです。

そして、長い年月の末、執筆が完了、「Ben-Hur」は当初少数だけの出版でしたが、再版に再版を重ね、遂には歴史に残るほどの名作になったのです。当時の娯楽であったオペラにも採用され、才能ある監督や著名な役者たちが次々と出演しました。白黒映画が台頭した時、真っ先に白羽の矢が立ったのはベンハーでした。そして、1959年、作者自身の死後、長い時間が経ってから、カラー版のベンハーが映画化されたのです。


そして、この大作を完成した時、ウォラス自身にも大きな変化が訪れました…。執筆前は信仰を持たなかった著者が、キリストを受け入れクリスチャンとなっていたのです。

聖書の中にも、こんなくだりがありますね…。
『…そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです(ローマ10:17)。』ウォラスは、知らず知らずの内に、主イエスのみことばを聞き、そして信じたのです。

ですから、半信半疑なあなたも。ぜひ心を固くしないで、一度聖書をひも解いてみてはいかがでしょう。

(ただし聖書は難解な本です。普通の本のように、ページ1からページ1,900まで読めばその主旨が理解でき、納得できる、というものではありません。一章一章が、あるものは続き、あるものは独立しており、その記述手法もさまざま。ある章ではこう言っているが、またある章ではそれを否定するようなことすら書かれています。

ですから、4冊の福音書(新約聖書の初めの4章)、パウロの手紙、詩篇、そんなところから始めるのも手ですし、「小説 聖書」などの物語調のものを手始めに読むのも一つですね。教会に行ってみるのもいいでしょう。その後、メル・ギブソン監督の「Passion」や、上記「Ben-hur」などを観られると、更に理解が深まることうけあいです。)

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焼け爛(ただ)れた顔
2007-01-28 Sun 16:00
「お前の母ちゃん、おばけみたい」
「モンスターの娘」「お前も将来、ああなるんだろ」

小学校の頃、パドミニは友だちからこう言われ、虐められていました。

何故なら、彼女のお母さんは、その顔ほぼが火傷で爛(ただ)れて醜く変色していたからです。

ある日、あまりの虐めのひどさと辛さ、「何で私が」という自己憐憫に耐えかねて、ついに普段静かなパドミニが叫びました。

「お母さんは、何で他のお母さんたちと違うの?お母さんは何で、顔が爛れてるの?お母さんのせいで、私みんなから虐められるんだよ?!」

母親はただ「ごめんね、ごめんね…」と繰り返していました。傷心の娘が涙ながらに迫ると、いつも謝ってばかりの母。その様子に痺れを切らして、怒りを抑えられない娘。夕日が差し込む小さな部屋で、椅子に座った母と、立って泣き叫ぶ娘の長い影が床に落ちました。


しばしの沈黙の後、母親がその重い口を開き、火傷のわけを話し始めました。

「パドミニ、お前が2歳になる前、台所で遊んでいた時…。ブハリ(薪ストーブ)から熱湯の入ったやかんが、あなたに向かって落ちそうになったの。私はやかんを止めることができず、ただあなたに覆いかぶさって、守ってあげるのが精一杯だった。熱湯は私の顔と肩、上半身にもかかって、すぐ病院に運ばれたわ。この火傷はその時できたものだったの…。あなたが無事で本当によかった。でも、あなたがこの傷に責任を感じるといけないと思って、黙っていたのよ」

母娘はただ、抱き合って泣きました。

その後、学校でどんなに周囲から虐められ、笑われようとも。

大いなる母の愛に支えられたパドミニは、その火傷のゆえに今の自分があることを知り、母親を誇りに思うのでした。

人生の大いなる見本…。私たちの間にも、溢れていると思います。
そして、主イエスが十字架の上で示してくださった愛も、私たちを守るため、救うために受けてくださった傷も。

パドミニの母の愛と同様、私たちの怒りや自己憐憫を瞬時にリセットする、大いなる処方箋なのだと思います。

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「赦(ゆる)す」こと
2007-01-27 Sat 17:33
私たちは時に「育った家庭環境が悪い」「学校がなってない」「夫のせいで」「上司が使えないから」などと言って、怒りと鬱憤(うっぷん)を溜め込むことがあります。つまらない事の揚げ足をとられ、虐められる。「キモイ」「ウザイ」などのレッテル。会議中に自分のアイディアを全否定される。部下の前で叱責される。夫/妻のエンドレスな小言…。暴言、暴力、抑圧…。

負の感情の中でも、周囲を、他人を「赦せない」気持ちは特に長引きますし、特定のイベントが発生しスイッチが入ると、いつでも「すごく嫌な気分」に戻ることができます。子ども時代の家庭不和を未だに覚えていて、自立後両親と疎遠になるようなケースもあります。燻りながら私たちの身を焼き焦がす、地獄の炎です。

こうした負のエネルギーが臨界点に達すると、自律神経失調症、トラウマ、家出、離婚、不登校、退職…という形となって表面化してくる。最近の殺人や自殺なども、言葉に出せないこうしたマイナスの感情が蓄積され、小さなきっかけで行動として噴出したもののように思えてならないのです。

ある人は話すことで、ストレス解消するといいます。しかし自分の負の部分、内側で燻(くすぶ)る恨みや報復欲、行き場のない怒りを、おおっぴらに共有できる友人や家族を持つ人は、少ないのではないでしょうか。下らないゴシップや日常の苦楽に終始して、一時の共感・友情を味わって、終わってしまうことも多いのではないでしょうか。だから赤の他人である、ラジオ人生相談や、バーテンダー、占い師、心理学専門家に頼って、「カウンセリング」を受ける。「自助・啓蒙」セクションの本を読み漁る。こうして、その時々でポジ (Positive) のエネルギーを充填してもらって復活しますが、毎日の暮らし、人間関係の中で、再び負の影響を受けネガ (Negative) る。

「許せない」「やり返したい」と思う気持ちが出るのは、人として当然です。それは仕方ありません。でも大事なのは「その感情をいかにコントロールするか」ではないでしょうか。私たちが感情の支配者にならなければ、反対に感情が私たちの支配者になるからです。かといって、その解決法は、怒りを無理に抑え付けようとしたり、感情を放棄して、何も感じないようになることでもないのです。

イエスキリストは、その怒り・報復の感情にふれて、こう言っています。

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なだそうそう
2007-01-25 Thu 20:00
映画の放映された一時期、「なだそうそう」盛り上がりましたね~。「あなたの涙そうそう」というシリーズで、個人の体験やエッセイを集めた文庫本としても、大人気だそうです。
歌手の森山 良子さんのお話を聞く機会があったのですが、そこで彼女が「“なだそうそう”というのは、沖縄の方言で、“涙がぽろぽろこぼれて止まらないようす”のことなんですよ。」と語っていました。

私的“なだそうそう”は、パキスタンの地震復興支援ミッションの緊急フェーズが終わり、次の任地(スリランカ)へ向け旅立ったとき。若く、経験も浅かった現地スタッフたち、支援事業のため一緒に山篭りをし、飯を喰い、雪や雨の寒さに耐え、喜びも悲しみも分かち合った仲間。別れを満足に伝えきれるだけの時間もなく、ただがっちり抱き合って、そのままカシミールの山を去りました。

悲しみは、なかったと言えば嘘になります。しかし、それ以上に大きかったのが、感謝と喜びでした。

NGO職員として初めての現場。現地スタッフのみならず、たくさんの村人たち、パキスタン軍の兵士、警察官、保険官の方たち、山の上の学校の教師たち…。見ず知らずの日本人を温かく受け入れ、事業実施に際して、ボランティアとして参加し、逆に支えてもらいました。こうした名もない勇士たちの存在と貢献なしに、NGOの事業など進みようもないのです。何と多くの人々に助けられたのか。それを実感させられました。

そして、普通の日本人はたぶん一度も訪れないであろう、バーグ県ハベリ郡(パキスタン側カシミール、インド国境のため、紛争地域と呼ばれる。旅行者は立ち入りを制限される)の山々を踏破し、神さまの造ってくれた自然をいっぱい吸収できたことにも、感謝。

NGOに転職する7ヶ月前、脳卒中で倒れた友の復帰を祈って、神さまに泣きついてから。何もできない自分の無力さに苛まれ、神さまにゲタを預けた、その時から始まった、全ての変化。それは職業でもあり、住む国でもあり、人生目標でもありました。これまで紆余曲折、長い回り道ばかりしてきたと損に思ってきたことが、実はここまで私を押し上げる推進力となって、確かに実を結び始めていたこと…。バラバラだったピースが一つ一つ意味を持ち、全体の絵の一部を確かに形づくったこと…。
ランドクルーザーの後部座席で、懐かしい山々に目を向けつつ。感謝と喜びの涙が止まりませんでした。

神さまありがとう。私のような人間にも、こんな役割りを与えてくれて、感謝です。

これからもいろいろご迷惑おかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

あなたが「お前、使えないからもういいよ」と諦めるまで、私はあなたの物です。
あなたの望むとおり、働かせてください。
微笑みの中にも、頬をつたう涙が止まらないのでした。

あなたのなだそうそうも、お待ちしてますよ。皆さんと共有しませんか?
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Passion――あなたはOOのために、死ねますか
2007-01-24 Wed 19:43
「Passion」という言葉があります。日本語に訳すと単に「情熱」でしょうか。

この言葉の起源を辿ると、「主イエスの最期の晩餐~処刑完了までの期間」という表記にぶつかります。つまり、キリストイエスが示された「苦しんで、そのいのちを捧げても、達成したいと思う」情熱、それがパッションです。

イエス「Passion」は、メル・ギブソン監督に任せるとして、今日は前回出てきましたパウロさんを例に「Passion」の意味を詳しく見てみましょうか。

シリアのダマスカスへ行く途中「目からウロコ」が落ちたパウロさん。主イエスの声を聞いて、その指示に従う事を決意。ただちに反キリスト路線から、親キリスト路線へ転向しました。

口で言うのは簡単なのですが、これはいわゆる「抜け忍」な訳ですよ。カムイです。タイガーマスクです。最近のアニメは知りません。抜け忍は組織の秘密も知っているし、なまじ強くて影響力があればこそ、裏切り者として組織を挙げての報復です。暗殺者が毎週送られてくるのです。パウロさんも同様、これまで所属したユダヤ人グループから命を付け狙われるようになりました。

城壁に囲まれたダマスカスの街の出入り口には、ユダヤ人組織の息のかかった人間が昼夜見張り、迂闊(うかつ)に街を出歩く事もできません。多くの待ち伏せや追跡、兵士、暗殺者、そしてユダヤ人たちの敵意の目をかいくぐっての脱出劇。場所を移っても、その活動を阻もうとするユダヤ人社会の妨害は続きます。ある時は、占いの霊に取り憑かれた女性を救ったことから、そのオーナーに恨まれ、訴えられた上にむち打ち・投獄の憂き目に遭いました。
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苦しい時、帰っておいで
2007-01-23 Tue 21:33
私たちは時に「なぜ」と思わされるような出来事に、出くわすことがあります。
「何で俺/私だけ」と、不公平に思う時があります。
人の力ではどうにもならない、人生の現実にぶつかる時があります。

しかし一つだけ確かなのは、それがどんな出来事であるにせよ、神さまが最終的に「全てのことを働かせて益としてくださる(ローマ8:28)」という約束なのです。

だからあなたも、負けないで。挫けないで。捨てないで。

いつかその涙がぬぐわれて、喜びの叫びに変わる時が来ますから。
いつか自分の失敗や弱さが、周囲を励ます力に変わる時が来ますから。

今はただ、神さまに信頼して、耐えてください。
がんばって、生き抜いてください。

イエスは目を上げて弟子たちを見つめながら、話しだされた。
「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものですから。
いま飢えている者は幸いです。あなたがたは、やがて飽くことができますから。
いま泣いている者は幸いです。あなたがたは、いまに笑うようになりますから(ルカ6:20~)。」

「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。
あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。
何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリストイエスにあって守ってくれます(ピリピ4:4~7)。」

イエスの応援歌、届きましたか…?あなたの痛みが小さくされ、苦しみが解かれますように。
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神さまの選んだ運びの器
2007-01-22 Mon 20:20
聖書の中には様々なキャラクターが登場します。中でも「神さま何でこんな奴、選んだわけ?」と言ってしまいそうなお二人を紹介しましょう。

<シモンさん>
彼は兄弟と一緒に、ずっと家業である漁を営んで来ました。学がなく、魚臭く、喧嘩っ早く、口も悪いです。シンプルな思考の持ち主で、ちょっと混乱/動転すると取りとめもないこと/言うべきでないことを口走って、後で後悔するタイプ。励ましや褒め言葉に、すぐその気になるお調子者ですが、そのモチベーションは長続きしません。一生懸命奉仕しても、どうも周囲のエリートたちと比べられると劣等感に駆られます。

「まあとりあえず古株だから」程度の賞賛を他の弟子たちからは受け、いつも主イエスから少し離れた席で(隣席はお気に入りの弟子たちに固められてしまっているので)、怪訝そうに様子を伺っています。

シモンさんはまた、他の弟子たちの前で「私は主について行きます。例え他の皆が逃げ出しても、私は逃げません。死ぬのも怖くないのさ」などと、偉そうにのたまわってしまいました。しかしその後、大祭司の館で主イエスキリストの不正審問が行なわれている際、周囲から「あんたもナザレ人一派?」と疑惑の目で見られると、自分可愛さから「そんなことあり得ませんから」と何度も否定する始末。いまいち言葉に行動がついて来ず、見栄は張りますが、いざその時になると逃げ出してしまう。そんな弱虫でした。

イエスが架刑に処された時も、公に処刑場へ行って、キリストの最期を見守る勇気もありません――逮捕される恐怖もありましたが、一番恐ろしかったのは主イエスに見つかること…。主はシモンさんの裏切りをご存知ですから。だから遠くで隠れて、十字架にかかった主の痛ましい姿を眺め、泣きながら、後ろめたい気分に苛まれていました。

主の処刑から3日後。マリアが隠れ家に駆け込んできて「主に会いました」と言った時、他の弟子たちは本気にしませんでしたが、シモンさんは墓地まで走って確認に行きました。半分は喜びの期待から、半分は怖れ、懺悔(ざんげ)の気持ちから。仮に主が生き返ったら、自分の罪を責められるだろうし、それに対して何も言い訳できませんわ。恥ずかしさと後悔で、できればただひたすら土下座して、主に謝りたいと思いました。

<サウロさん>
サウロさんはシモンさんとは正反対で、生粋のヘブル人、中でも由緒正しい(ローマ市民)家系に育ち、立派な教育を受けたエリートさん。ユダヤ教のシナゴーグ(会堂)でもその活動は活発で、周囲から「見本的ユダヤ青年」と認められ、ちょっと照れるがいい感じ。などと考えていました。少なくともトリリンガル(ラテン、ギリシア、ヘブル語が話せる)、旧約聖書の律法(モーセの書いた十戒とそれに付随する法律)にアツく、律法の詳細を「OOは××節△章」などとそらで論じることができ、議論好きな友人たちからも一目置かれていました。

その彼が「正統なユダヤ人の勤め」として、それに反する思想の「新興ナザレ人一派」を徹底的に迫害します。はびこり始めたこの「邪教」を取り除いて、ユダヤ人社会の安定と、自分のステータス・名声の向上を望んでいました。「栄えある実績」を積んで、将来は会堂の長や、その側近などになれたらいいな…。という期待もあったでしょう。そこで彼は、大祭司に逮捕状を申請し、ボランティアで「クリスチャン狩り」を志願したほどです。兵士や部下と一緒に「God Wills it!!(神の意思だ~)」とか叫びながら。

まったく、救いようのない人たちです。一人は、人は良いがおばかさん。弱虫のくせに、見栄っ張り。もう一人はエリート過ぎて視野狭窄。真面目ですが、人の話聞かなそう。

その二人が、主イエスキリストの愛に触れられて、どう変わったのでしょうか。
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神さまに任せたら?
2007-01-22 Mon 16:36
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです(マタイ11:28~30)。

と言うのは、クリスチャンの人気章節の一つですね。
ここで言っている「くびき」とは、私たちの「生き方」「姿勢」です。
イエスの「くびき」を負うということは「キリストの生き方、姿勢に従いましょう」と言うこと、そして「そこから学んで、幸せに生きる方法を身につけましょう」と言うことに他なりません。

自分の思った通りに周囲をコントロールしたい欲求、つまり「自分で神さまになりたい症候群」が、全ての不幸の始まりだとは<私たちって 罪人なの?>シリーズの中でも述べました。そこから解き放たれるために、主イエスが生前残した処方箋を紹介します。

それは、主イエスが最期の晩餐を終え、ゲッセマネで祈り、深く恐れもだえられた時。激しい祈りのため、キリストの汗が血のしずくのように、地に落ちた時。裏切り者ユダが兵士たちと共に夜の闇に乗じて迫り、弟子のペテロやヨハネが事の重大さを丸っきり理解せず、傍らでぐっすり眠っていた時。

主はひざまずいて、こう祈られました。

『アバ。父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください(マルコ14:36)。』

もちろん神の子、願えば何でもできるし、人間の兵士ごとき「薙ぎ払う」のは可能であったにも拘わらず。特に裏切り者のユダなんて速攻血祭りに上げられたにも拘わらず。その為に天の軍勢がその剣と弓を構えて、主の周囲で待機していたにも拘わらず。

イエスキリストは自分を神とせず、彼が父と呼ぶ、天の神さまに全てをゆだねたのです。

そして、人の知りえる全ての痛み、苦しみ、乾き、蔑(さげす)み、裏切り、絶望、孤独…そうした物を全て受け入れて、十字架の死に従われたのです。

私たちも、苦難にさらされた時。試練に挫けそうになった時。空回りに苛立った時。空しさに投げ出したくなった時。先が見えずあきらめそうな時。主イエスの潔さに、学んでみませんか。

「わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください」といえる勇気を、心の余裕を、持ちませんか。

そうすれば、思ったように進まぬ現状にストレスを感じる事はあっても。思い詰めたり、トラウマになったり、必要以上に傷ついたりすることは、防げると思うのです。肩からスッと、力が抜けると思うのです。

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私たちって「罪人」なの?<III>
2007-01-20 Sat 15:17
<罪からの解放>
ですから、この「原罪」=「自分で神さまになりたい症候群」を克服するためには、
A. まず、「私は神ではない」と認めること。単純ですね。
B. そして、「私には自分の過去を消したり、変える力はない」
C. 「私には他人の感情や気持ちをコントロールする力はない」
D. 「私には自分の自己中心的な衝動(エゴ)を押さえ込む力はない」
と、併せて認識することです。

そして、神さまにゲタを預けましょう。
「…それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです(10:27)。」と書いてある通りですから。

また、神さまに頼るその時、心に留めて欲しいのは「神さまの前に謙虚になる」ということです。

「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる(ヤコブ4:6)。」
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私たちって「罪人」なの?<II>
2007-01-19 Fri 17:26
前回で詳しく述べましたが、私たちの「原罪」=「自分を神とする」がもたらす障害とは、一体何でしょうか。

1.恐れ;
「罪」にもれなくついてくる「オマケ」の一つに、恐れがあります。恐れに関する聖書の記述は、こうです。

…そよ風の吹くころ、彼らは園を歩き回られる神である主の声を聞いた。それでアダムとイブは、神である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。(私たち、先祖代々、見え透いた隠蔽(いんぺい)工作をしてますね…)
神である主は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。「あなたは、どこにいるのか。」
彼は答えた。「私は園で、あなたの声を聞きました。それで私は裸なので、恐れて、隠れました(創世記3:8~10)。」

私たちは、私たちの本当の姿、その心の深淵、醜さ、汚濁など…。他人に知られることを本能的に恐れて、隠します。アダムとイブが、いちじくの葉をつづり合わせたように。自分のイメージを「神のように」演出しようとします…。神さまは、あなたを美しく、尊く、清く造って下さったのに、自分の「エゴ」「欲」「価値観」が割って入り、いちじくの葉を身にまとわせるのです。
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私たちって「罪人」なの?<I>
2007-01-18 Thu 13:01
聖職者は言います、「アダムとイブが~リンゴを食べてから~」、つまり原罪を犯してから、人類は誰でも彼でも罪に定められたのだと。

でも、私たちの大部分は「?」マークとともに、こう思うのではないでしょうか。「他人に迷惑かけてないし」「嘘つく事もあるけど、そんなに悪くないよ」「人を殺したり、盗んだり、浮気した事もないし」と。

ちょっとストップして、考えてみましょう。上記のリンゴとはすなわち、「善悪の知識の実」のことですが、これを食べると一体どうなるのか。蛇の姿をとったサタンは、イブにこう言ってそそのかしました。
「あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになる(創世記3:5)」と。
つまり、リンゴを食べたこと自体が罪なのではなく「神のようになろうとした」ことが、つまり原罪なのです。(自分の力を自分の神とする者は罰せられる。ハバクク1:11)自分の個性、力や知恵、そしてその限界――そんな物を無視して「自分には何だってできる(はず)」「私のことを皆が好いてくれる(はず)」「思った通りにならないのは社会のせい」と、自分を神として、周囲を変えよう、管理しようという姿勢が罪であり、人生を辛く苦しんで生きるための猛毒なのです。

最近の目を覆いたくなるような殺人事件も、「自分が思ったようにならない事」を認めず、あたかも「神のように」操作しようとして破綻したために、起きたような気がしてならないのです。歯科医を目指して努力していた2浪生は、妹からの批判を受けて傷つき、木刀で殴り、更には絞殺しました。気に喰わない者を、あたかも全権を持つ「神のように」排除したのです。夫を殺害した妻も、夫婦不仲、相互不倫、家庭内暴力の挙句、「思った通りにならない」夫を殺して、さらに罪の発覚を恐れ、隠蔽するために、日々一緒に過ごしてきた相方の身体を解体しました。

人生の絶望から逃れるために、自分の命を絶ってしまうこともあります。最近特に若い層、小・中学生などにも、自殺者が多くなってきているのは、心が痛みます。
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Available to You
2007-01-17 Wed 15:59
賛美歌の中で、あなたの大切な役割りを歌い上げている、素晴らしい歌がありましたので、翻訳し共有させていただきます。ジャジャーン。

You gave me my hands
私の腕は、傷ついた人に
To reach out to man
差し伸べるために。
To show him your love
彼にあなたの愛を、
And your perfect plan
あなたの計画を示すために、与えられました。

You gave me my ears
私の耳は、
I can hear your voice so clear
あなたの声を聞くために、与えられました。
I can hear the cries of sinners
そして、苦しんでいる人たちの叫びを聞くためにも。
But can I wipe away their tears?
でも、私に彼らの涙をぬぐう事ができるのでしょうか?

You gave me my voice
わたしの声は、
To speak your word
神さまを知らない人々に、
To sing all your praises
あなたのみことばを伝え
To those who’ve never heard
あなたを賛美するために、与えられたもの。

But with my eyes I see a need
でも神さま、私は
For more availability
もっとあなたのお役に立ちたいんです。
I see hearts that have been broken
多くの人が心砕かれ、
So many people to be free
多くの人が囚われているのを見て...

**
Lord, I'm available to you
主よ。私はあなたのお役に立ちたいんです。
My will I give to you
私の意志も、あなたのものです。
I'll do what you say do
あなたの仰る通り、行ないますから
Use me Lord
私を使ってください。
To show someone the way
人々にあなたの道を示すために。
And enable me to say
「私は自分を空にしました。
My storage is empty
あなたの目的のために、用いてください」
And I am available to you
私がそう言えるように、導いてください。

Now I'm giving back to you
今、あなたにお返しします。
All the tools you gave to me
あなたから貰った、このからだ
My hands, my ears, my voice, my eyes
私の手、耳、声、そして目
So you can use them as you please
あなたの望むように、使ってください。
I have emptied out my cup
あなたの霊が満たしてくれるように
So that you can fill me up
私の杯は空っぽです。
Now I'm free and I just want to be
今、自由になった私は、
More available to you
ただ、あなたの為に働きたいのです。

**

「(邦題)役に立ちたい」
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<あなた>について、言われたいこと
2007-01-16 Tue 14:51
車両事故で死んでしまった3人の友人が、天国のオリエンテーション(あるんだ…)に参加していました。

真っ白な部屋で、聖ペテロが3人に質問しました。「お葬式で、<あなた>について家族や友人に言って欲しいことは何です?」

一人目は速攻で答えました。「優秀な医者だったと。また、良き夫、良き父であったと言って欲しいですね。」

二人目も続けて、「家族思いの男だった、かな?また教師として、生徒たちの人生に大きなインパクトを与えた、とかね。」

三人目は少し考えた後、
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手段が目的に
2007-01-15 Mon 20:00
今日CNNを見ていて、再び「米軍がイラクの兵力増員を決定」というニュースが飛び込んできました。そのプロパガンダめいた、マスコミの腕前。レストランだったので音声が無いぶん、その映像のこじつけ加減にむかつきました。ムスリムの人たちの異なる信仰習慣、故人の写真を手に泣きじゃくる老婆たち。AK47を抱え、覆面をかぶって前方を警戒するゲリラ風兵士。腕を振り上げ、足を踏み鳴らして進む、怒れるイラク兵たちの行軍姿。それに対して、最新装備、おそろいの砂漠迷彩服に身を包んだ、スマートなアメリカ/NATO軍。

思わず笑ってしまいました。手に負えない状況のイラクに、増派するための正当化プロパガンダに。そして、メディアがここまでしてムスリムやイラクの人たちを、「エイリアン化」してしまったのかと。何人死んでも、負傷しても、まあ「エイリアンだからいいか」的な演出を、でっち上げたのかと。

この報道を「あっそ」と聞き流せる先進国の人間と、自分のことのように受け止め、心の涙を流す中東の人間と、どちらが人間らしいのでしょうか。どちらが愛と優しさに溢れているのでしょうか。

こうした扇動報道からも、NGO職員の視点からは、嫌な構図は見えてきます。
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美貌と引き換えに、失ったもの
2007-01-14 Sun 20:00
1970年代を代表するスーパーモデルだった、マルゴー・ヘミングウェイ。その名が示唆するように、かの文豪アーネスト・ヘミングウェイの孫娘である彼女は、当時のトレンドセッター、「世紀の美貌」、「西半球で最も美しい女性」などという称号を我が物としました。1970代当時の最高額である、1億ドルのコマーシャル契約をフェルバージ社と結び、ジュエリー、香水やファッションブランドの「顔」としてもてはやされ、Vogue、Timeと言った雑誌にも取り上げられました。

しかし、彼女の私生活は、決して幸せなものではなかったのです。

家族との絆は希薄で、マルゴーと母親との間では口論が絶えず、子どもの頃の親からの仕打ちに対して、訴訟を起こしたほどです。いつしか、酒に溺れるようになってしまった彼女は、企業から契約を破棄されます。挽回への契機となるはずだった映画出演も、結果的に年若い妹の方が賞賛を浴び、彼女に与えられたのはその演技への批判、酷評ばかりでした。

彼女の結婚生活も、幸せな物ではありませんでした。マルゴーが19の時、夫となるウェストンとニューヨークのプラザホテルで出会い、その4ヵ月後には同居を開始。しかし、結婚後関係は破綻し、離婚へ。「向いてなかったの」と次はベネズエラ人富豪と結ばれ、パリに移り住みました。6年の結婚生活の後、残念な事に、彼女は再度離婚を経験します。

愛を失い、人生に幻滅した彼女は、時に自殺未遂を繰り返します――彼女の祖父、アーネスト・ヘミングウェイがそうであったように。そして、鬱を抱えて精神病院を行き来し、実に人生の底を経験しました。かつての栄光、美と名声。それがこんな風に、変わり果ててしまうなんて…。

その後の人生でマルゴーは、プレイボーイマガジンに出演するなどして生活を支えると共に、心理学者の電話ホットラインへ寄付を行なうなど、社会的な貢献もするようになります。ヨガを始め、瞑想などにも喜びを見出していました。そして、ディスカバリーチャンネルの「ワイルド・ガイド」という番組の主演依頼が来た際には、本当に喜んでいたそうです。また、自分のルーツである、祖父アーネストの作品を読み漁りもしました。
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【投稿・ブログ紹介のご案内】
2007-01-14 Sun 00:00
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【投稿・ブログ紹介のご案内】
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あなたの体験を、読者の皆さんと共有してみませんか?
あなたの「信仰のエピソード」が、たくさんの人を励まし、気づきを与えてくれます。
書くのは苦手…?つたない文章…?大丈夫、「こころ」があれば、ぜったいに通じます。

またご自分のブログで、神さまのメッセージを伝えていらっしゃるあなた。
ぜひ力を貸してください。一緒にこの「せちがらい」日本で、キリストの愛を広めましょう!
(詳しくは→「続きを読む」)
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ライフマネジメント<IV>
2007-01-13 Sat 20:20
③ 主の目標の達成のために、自分を道具として差し出すこと。

神さまは、あなたを必要としています。「でも神さまは自分で何だってできるんでしょ。私なんか本当に必要なの?」ごもっともな意見です。が、本当なんです。

かといって、あなたに教会を建てろとか、24k金の十字架を買えとか、100万献金しろとか、子羊を生贄として捧げろとか、そんな依頼をするわけではありません。この世界を創造された神さまは、文字通り、全てを所有される方です。人間のもつ富や捧げ物程度で、神さまに一体何のメリットがあるでしょう。

では、神さまが本当に求めているものは、何なのでしょうか?

それは、あなたが神さまの声を聞き、自分から進んで、それに従うことです。強制でなく、周囲の雰囲気でなく、あなたが自分で選んで、自分で決めて、神さまの声に従うこと。

「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、
その他のいけにえを喜ばれるだろうか。
見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、
耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる(Iサムエル15:22)」と、聖書にもある通りです。

自分自身を、その自由意志で捧げる決心をしたあなた。あなたの献身への報酬は、一体何でしょう。
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ライフマネジメント<III>
2007-01-12 Fri 20:20
② 全ての事を、主の栄光を顕(あらわ)すために行なうこと。

次の課題は、あなたが新しく発見したこの素晴らしい「神さまの愛」を、あなたの言動や行ないを通じて世に示すことです。(と言っても、宗教の勧誘を始めてください(ノルマ10人)、と言うわけではありません。もちろん、「こんなに素晴らしいんだから」と友だちに熱心に説明して、同意を得られればそれはすばらしい事です。覚えておいて欲しいのは、誰にでも、神さまに会うタイミングがあり、生の意味を発見するタイミングがあります。それは今かもしれないし、今聞いた話が10年先に思い出されたとき「ああ、そうだったんだ…」とハートで頷く瞬間かもしれないのです。だから万一、友だちがドン引いても、めげないでくださいね。)

会話とは不思議なもので、単なる音声による情報発信というのは、話者の心情を30%も伝えていない、という事実があります。つまり、ボディランゲージや、声の抑揚、表情、目線、そうした要素の方が、実際に語られる「台詞」よりも大きなウェイトを占める、というのは皆さんも経験からご存知の通りです。これらの要素を通じて伝達される方が「友愛」「幸福」「励まし」「理解」といった感情は真っ直ぐに受け入れられるでしょう。

反対に、これら言語外のコミュニケーションを、役者がするように、訓練で演出できるものでしょうか。ハッタリでごまかせるものでしょうか…。残念ながら、そんな薄っぺらい仮面では、あなたの本心を覆い隠すことはできません。

だからこそ、①で述べた「神さまの愛」を他者に対しても適用するのです。「The Greatest Salesman in the World」の中で、著者は愛についてこう語っています。

「私は人々のその個性を尊重し、愛する。野心家は、私を刺激し、啓蒙してくれる。落伍者は、人生について教えてくれる。権力者たちの、その地位や権勢の儚さを、金持ちたちのその孤独を、若者たちの胸に抱く希望を、老人たちの知恵を。美女の目に宿る悲しみ、醜女の心の平安を、私は愛する。<中略>彼らに向かう時、私は心の中で『あなたのこと、愛してます!』と叫ぶ。この無言の叫びは、むろん相手には聞こえないが、私の目の光や、微笑みや、優しい声の響きとなって、必ず彼のハートに届く。<内容意訳>」

そう、私たちがすべきなのは、日々の生活の中で、「自分」という素材を最大限に活かして、「神さまの愛」をこの世に映し出すことです。神さまが私たちを愛してくれたように、そのように、他人をありのまま受け入れて、愛する(努力をする)ことです。偏見や想像でなく、もっとその人を深く知り、理解(しようと努力)することです。
(人間ですから、難しい時はありますね…。でも努力はできるでしょ?)

「あなたがたは、世界の光です。<中略>あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい(マタイ5:13~16)。」

このように光り輝くあなたの人生は、きっと実り多く、素晴らしいものに違いありません。

人は、気付けば変われます。より素晴らしい人生を望みさえすれば、きっと変わることができます。

だから、まずは①神さまを愛すること、②全てを主の栄光を顕わすために行なうこと、を心がけて、毎日を新しい気分で始めて欲しいのです。
<続く>
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ライフマネジメント<II>
2007-01-11 Thu 20:20
① 神さまを何よりも、この世よりも、愛すること。

神さまを愛する…?見たこともない存在を、どうやって愛せると言うんですか…?」当然な疑問だと思います。

神さまの存在については、過去にもいろいろなメッセージで伝えてきました。神さまの存在が、目に見える日の光や、雨の恵みのような物理的なものにも溢れており、誰に対しても分け隔てなくその愛情を注いでくれていること。あなたの気付きを辛抱強く待って、あなたがその光に顔を上げるまで、すぐそばで待機してくださっていること。

そして何より、迷子の私たちが、生きる指針がなくて、幸せを求めても不幸を数え、満足を求めても満たされず、平安を求めても俗世に追い回されていた時、その愛するひとり子、主イエスキリストを遣わして生き方を示してくださったこと。その御子を十字架の死に捧げてまで、私たちとの接点を取り戻そうとしてくださったこと。

『私たちは愛しています。 神がまず私たちを愛してくださったからです(Iヨハネ4:19)』とあるように、神さまの「無償の愛」、正しい見本に従うと、あなたの周囲の人や、友人、同僚、上司…その他多くの人々をも、見返り要求なしに愛せるようになるのです。

愛することの報酬は、一体何でしょうか…。友情であり、愛であり、理解であり、協調です。愛することを通じて、この世にあっても幸せを見いだすことができるのです。「神さまを愛せる人は、他人も愛することができる」というのは、ある種「基礎がしっかりしていれば、高層ビルも曲がらずに建つ」「夫婦仲が円満だと、仕事もうまく行く」のようなルールに通じるところがありますね。

だから、まずあなたを愛して、大切に思ってくださっている、神さまのことを知ってください。私や、他人の言うことなど鵜呑みにしないで、自分で納得いくまで、調べて、理解してください。

あなたが心から、「神さま、私も愛しています」と言えた瞬間。あなたが、実はこれから先の人生を変えてしまうほどの、大きな一歩を踏み出したことに、後々気付かされるようになるでしょう。人間関係、結婚、幸福、平安、満足、勇気、希望、励まし、感謝…。こうしたメリットは、自ずとあなたを追いかけてきます。<続く>
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ライフマネジメント<I>
2007-01-10 Wed 19:19
ある時、会社中堅職員を集めた会議で、講師がタイムマネジメントについて話し始めました。ユニークだったのは、彼が大きなガラスの鉢を取り出し、無言でその中に大きな石を幾つか入れたことです。それが終わると、彼は参加者たちに「鉢はもう一杯ですか?」と聞きました。

何と答えていいのやら分からない受講者たちは、無言で難しい顔をしています。すると、講師はさらに砂利を取り出して、その鉢の中の石に振り掛けました。そして再び「鉢はもう一杯でしょうか?」という質問。何となくその意義が掴めて来た聴衆は、「いや、まだじゃないか…?」などと怪訝(けげん)な表情をしてお互い小声で話しています。

次に講師が取り出したのは、袋に詰まった砂でした。それをさらに鉢にぶちまけると、三度「鉢はもう一杯ですか?」という質問が。参加者の一人が手を上げて、「いや、まだ…じゃないでしょうか。」などと回答していました。

そして最後に、講師が机の下から取り出したのは、バケツに入った水でした。受講生の中から、いい加減彼の意を理解した何人かが、立ち上がって答えました。

「あなたの言いたいことが、分かりました。例え忙しい中でも、工夫していろいろ詰め込めば、時間短縮になってもっとたくさんの仕事ができるわけですね!」

自信満々に答える受講生を尻目に、講師は首を振りました。「いいえ、それでは半分の理解でしかありません。」
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思い出して、あなたもつながっている
2007-01-09 Tue 17:00
2000年5月に、佐賀県で現実に起きた事件です。高校を中退した当時17歳の少年が、刃物を手にし、乗客と幼い女の子を人質にバスジャックを敢行。後に<西鉄バスジャック事件>として知られる、悲しい犯罪劇でした。

九州自動車道 太宰府インターチェンジ付近で、西鉄わかくす号にふらりと乗り込んだ少年は、刃渡り約40cmの牛刀を振り上げて「乗っ取り」を宣言しました。彼は人質の前で王のように振る舞い、彼の出す指示にバスの運転手も手放しで従います。事態に気付いたマスコミは、ヘリや車両を動員して彼の姿や情報を追い求め、警察の交渉人すら彼に対して低姿勢で近づきました。

「どうだい、この違いは」彼はこう思ったかもしれません。「皆俺の言う事を聞き、俺の重要さを認識している」「今の俺には何だってできる」と。普段大人しく、目立たない彼が、高校中退という人生の谷間で、親にすら見放されたと思い込んだ末犯してしまった、悲しい犯行でした。事件発生から15時間後、警察特殊部隊の突入により鎮圧されましたが、残念な事に3名負傷、その内の1名は不幸にも亡くなりました。

このように、鬱屈し、はけ口を失った人の心は、取り返しのつかない所までその主人を追い込むことがあります。社会現象として、自分の価値を周囲に認めさせるための犯罪や、自分の生命を再認識するための自傷・自殺などの増加は、物や金銭では満たせない人の心の虚空が、大きくなっている証拠ではないでしょうか。

でも、今追い込まれて辛い思いをしている方。周囲から誤解され、冷たくされている方。忘れないでください。あなたもたくさんの絆で、たくさんの人につながっている事を。

それはあなたの配偶者や子ども、家族かも知れないし、友人、恩師かも知れません。先生や、バイト先の先輩、お医者さん、いつも行ってるコンビニのおばちゃんかも知れませんし、あなたの飼い犬や、小鳥、うさぎなのかも知れませんね。そしてその絆は、「欲しいので下さい」と言っても与えられず、逆にあなたが「受け取って下さい」と自分の時間や、労力や、愛情を捧げる事によって初めて、与えられ、育っていくのです。
『受けるよりも与えるほうが幸いである(使徒20:35)。』また『...何事でも自分にしてもらいたいことは、他の人にもそのようにしなさい(マタイ7:12)。』というのは、今日の社会にあってなお真理ですね。

だから、あなたの恵みやギフトを活かして、見返りを求めずに与え続けてください。最初の一歩は小さくていいのです。妻の愚痴を聞いてやる。たまにはこちらから、両親に電話してみる。困っている友達を助ける。同僚の誕生日を一緒に祝う、など。自分の感情に素直に、『喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣く(ローマ12:15)』、そんな単純なことでいいのです。

受けるとるだけの賞賛、愛や思いやりに比べ、自分から進んで与えることの喜びは、はるかに大きいからです。
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18で高卒、22で大卒、職探しでつまずき現在ニート歴3年。
2007-01-08 Mon 20:00
一線を越えてしまった私のような奔放人から「それがどうした!」と言うのは簡単ですが、確かに日本では問題ですね。履歴書の空白期間、面接官の冷ややかな目…。でもそれ以上に問題なのは、あなたが人生の本当の「目標」に気づいていない事です。何をすべきか、どの方向に向かっていくべきか、「何となく」「漠然と」しか分かっていないことです。「こうなりたいんだ!」「絶対なってやる~!」という強い執念にまで、その願望が昇華されていないのです。

でも、世界を見渡すと、そんな「自分探し」を長く続けた結果、「できたらいいな」が「これが俺の人生だ!」に、願望が信念に変わり、大成した方もたくさん存在します。

ここスリランカには、ジェフリー・バゥワーというリゾート建築家がおりました。彼は英国支配下のスリランカで、1919年に裕福な家庭に生まれ、19歳でヨーロッパに渡り、英国ケンブリッジ大で英文学を専攻。その後彼は弁護士になります。第二次大戦終了直後、27歳の時、一度スリランカに戻りましたが、居場所がなく、すぐに1年半にも及ぶ世界旅行に出かけました。

そこで、様々な国の建築手法を見聞し、「祖国に帰って自分の理想の建築ができたらいいな」と、一旦コロンボに戻って土地を購入します。しかし、実際開始してみると、建築道の奥の深さに唸らされ、挫折。これじゃイカンと、再び英国に戻り、建築について学んだわけです。このため、建築家としてのジェフのスタートは遅く、実に38歳になった時でした。

一見、紆余曲折、長い回り道。無駄とも思える時間。しかし、その間に彼が蓄積したのは頭の知識だけではなく、日々新たに見いだされる建築の魅力、そしてそれにかける情熱でした。その熱が臨界点に達した時、彼は他のことに気を取られることなく、真っ直ぐ自分の目標に向かい走り出すことができたのです。

今のあなたも、仕事をしていようといまいと、その「自分探し」の期間なのかもしれませんね。それは年齢に関わらず、です。「違う」と思いながら「でも今の自分にはこれしかないし...」と自分を無理やり納得させ、妥協して生きていく事は可能です。でも本来の「あなた」を失ってまで、得る価値のある物などこの世に存在するのでしょうか。

「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう(マタイ16:26)。」だから、一度神さまに尋ねて欲しいのです。あなたが「誰」で、「何」をなすべきなのかを。

一つ確実に言えるのは、人間今の生活水準が一時的に下がっても、生きていけます。心配事は実際に対峙してみると、実はたいしたことではありません。だからまず、あなたの夢や願望を、もう一度物置から引っ張り出して、埃を払い、よく見直してみてください。それについて知識を、見聞を更に深めてください。その願望が情熱に精錬され、情熱が信念に昇華するとき、あなたの夢は必ず現実のものとなります。
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地球という名の奇跡
2007-01-07 Sun 17:01
「何か奇妙なことが起こっているらしい。」イギリスのノーベル賞物理学者、ポール・ディラックは、宇宙の年齢とその中の粒子数の類似性、また宇宙における銀河系の数と、各銀河系の中に存在する恒星の数の奇妙な一致について、このように言いました。

奇妙なこと…。太陽という惑星一つをとっても、そうです。摂氏20,000℃にもなり、全長30,000kmにも及ぶプロミネンスを発する巨大な熱源、この太陽のような恒星(自ら光を放つ星)の構造は、その重力によって決まるそうです。重力が大きいものは熱を大量に放出し、その過程で青色巨星へと変化を遂げます。逆に温度の低い、重力の小さい恒星は赤色矮星と呼ばれます。どちら側に傾いても、そのパフォーマンスは不安定になるため、その重力がちょうど両極の間の、限られた範囲内に納まっている恒星だけが、太陽のように安定していられるのです。

太陽の光度は、過去40億年(人類の歴史はその内約100万年、)ほとんど変化がなく、このため地球上で私たちが生命活動を営むことが可能になっています。仮に太陽の重力がほんの少しでも強かったり、弱かったりしたら、太陽系の惑星は存在できない(太陽の重力で引き込まれるか、離れて行ってしまう)し、もしそうであったら生命のゆりかごである「地球」などどこにも存在しないことになります。

このユニークな「地球」も、数え切れない「奇跡のレシピ」に支えられて、今こうしてあるのです。太陽からの距離、地軸の傾き、自転スピード、公転のサイクル、月との距離とその重力、構成物質、マントルを内包したその構造…。他にも、数え切れないほどのパラメーターが「ぴったり」的確にはまった結果が、私たちの生命を抱いた「地球」なのです。

多くの物理学者が、科学的・数学的な見地から「人知を超えた、奇妙な力」の存在を感じざるを得ないのは、上記ようなエピソードからも、お分かり頂けるのではないでしょうか。
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失われた「創世記」の一節…
2007-01-06 Sat 20:00
エデンの園を歩いていたアダムは、一人っきりの現実に辛く、悲しくなりました。神さまはそれを見て、「何かあったのかい…?」と聞きました。

アダムは、「一人ぼっちで、誰も話す人がいないんです。」と答えました。

「じゃあお前の助け手、話し相手として、女を作ろう。」と神さま

「この<女>という者は、お前のために食物を集め、調理して食べさせてくれる。そして汚れた服を洗ってくれるだろう。お前の決め事にことごとく賛成し、文句を言わず、もしケンカした場合でも『許して。私が悪かったわ』とすぐ反省する。病気をせず、頭痛などにも悩まず、お前に真夜中、子どもの世話を頼む事もない。いつでも必要な時、そばにいてくれ、お前のことを愛して、求めてくれる。」

アダムは喜んで、神さまに聞きました。「この<女>への代償は何ですか。」

「お前の腕と足。」と神さまは答えます。

しばらく考えて、アダムは言いました。「腕と足の代わりに、あばら骨一本では?」
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バス爆発炎上
2007-01-06 Sat 16:47
ここ二日ほど立て続けに、私たちスタッフの背中が凍るニュースが入りました。

A. 1月5日、コロンボからスリランカ中部のキャンディに向かうバスと、B. 6日、コロンボから南西海岸の大都市、ゴールに向かうバスが、何者かの手によって爆破され、乗客乗務員他、計110名以上の死傷者を出したのです。

これまでのスリランカ政府軍 対 LTTE(タミールの虎)の構図であれば、軍の幹部や政府上層部を狙ったピンポイント攻撃であり、民間人の被害は小規模でしたし、ある程度危険地域を予測して回避できるものでした。しかし、この2件に関しては、明らかに一般人を狙った無差別殺戮であり、バスユーザーのみならず一般市民を震撼させたのです。

そんな第二報を聞いたとき、私たちはマウント・ラビニアホテルで知人の結婚式に参加していました(何とのんきな)。その後、帰り道のバスに揺られながら、「あの大きな荷物を持っている目つきの悪い人間たち、まさか自爆テロの実行犯ではないか」などという疑念も湧いてきます。いつもなら「オーバーな、下らない」想像と笑えるのですが、都市部の警備の強化・軍や警察の担当者の真剣な表情を見ると、そうとも割り切れない不安が残ります。

一見平和な、温暖なリゾート地であるスリランカの、もう一つの顔です。「何もない」前提で動いていると、「何か起きた場合」に行動不能になる。それは分かっているのですが、まだ現実として100%受け入れられない私。「平和ボケ」と言うのなら言えるでしょう。しかし「平和ボケ」になれることが、どれだけ尊いことなのか、改めて気付かされたのです。

「Jesus Christ is Coming Very Soon!!(主イエスはもうすぐ再臨します!!)」教会の看板を見ながら、仮に今、道の途中で倒れても、主イエスに胸を張って対面できるか、自問自答する自分がいました。
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パイナップル売りのおばさん
2007-01-05 Fri 16:00
マウント・ラビニアの海の家で。私がハンモックベンチでくたーっとしていると、パイナップル売りのおばさんが、「パイナップル…?」と営業しに来ました。よくある街頭販売(?)で、他にも絵画やみやげ物などの商人たちが徘徊しています。「いらないよ、Thx」と断ると、隣にいた妻が「彼女、もう来るの4回目よ…。」と耳打ちしてきました。どうやら私が泳いでいた不在時にも、しつこくアタックをかけて来たようです。

そうです。治安の悪化とともに、外国人観光客の数が落ちたのでしょうか、ここラビニアでも販売機会が減って、売り子さんも必死です。リアルに生活かかってます。同じ敷地内で手を上げた人がいて、おばさんいそいそと出かけていきました。

見ると、パイナップルの硬い皮を剥いて、しかも食べやすく切ってくれています。私は特別パイナップル信奉者ではないのですが、それを見て妻の目がランランと輝き始めました。「私も食べたい…」
しかし、売り子サイドから言えば「欲しそうな目で」見ている客ほど、美味しい獲物はいないのです。間違いなく、ぼったくられます。ため息混じりにそう伝える私を尻目に、嬉々として手を上げる妻。ダメだこりゃ。

言われた値段は、80ルピー(約80円)。現地のパイナップル市場価格を知らない私にとっては、高いのか安いのかも分かりませんが、作業工賃も含めると許せる値段なのではないでしょうか。はい、皆さまご察しの通り。パイナップルおばさんの執拗なアプローチによって、私たちは見事に陥落させられたのです。

断りの言葉にめげずに、健気に・明るく・めげずに販売を続ける売り子さんの姿勢に、聖書のこんな節を思い出させられました。

いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。
「ある町に、神を恐れず、人と人とも思わない裁判官がいた。
その町に、ひとりのやもめがいたが、彼のところにやって来ては、『私の相手をさばいて、私を守ってください。』と言っていた。
彼は、しばらくは取り合わないでいたが、後には心ひそかに『私は神を恐れず人を人とも思わないが、どうも、このやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。
でないと、ひっきりなしにやって来てうるさくてしかたがない。』と言った。」
主は言われた。「不正な裁判官の言っていることを聞きなさい。
まして神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。
あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます<後略>(ルカ18:1~8)。」

お客の心理として、たとえ一度は断っても、<後には心ひそかに>心変わりするのが人間です。営業職に限らず、どんな業種の方でも、この<健気に・明るく・めげないで>は、成功のキーワードになり得るのではないでしょうか。
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マウント・ラビニアの海岸で
2007-01-04 Thu 16:32
1月3日はポヤデー(満月祭)で、休日でした。妻と一緒にコルピティヤ(繁華街)に買い物に出たのですが、デパートすら休み。改めて、問答無用で都市機能をストップさせる、ポヤの恐ろしさを実感したのでした。

そこで久しぶりに、マウント・ラビニア(コロンボより南に約12kmのリゾート。熱海みたいな感じ?)に行ってみました。バスに揺られること約20分。するとそこは海の家が立ち並ぶ、ビーチリゾートです。海人の私にはたまらないロケーションなのです。

私がひとしきり泳いで、丘の妻と合流しコーヒーを頂いている時。足元の砂の中に、たくさんの貝殻が光っているのが目を惹きました。色も大きさも、形もさまざま。あるものは生前の形をそのまま残し、あるものは砕かれ、丸く削られて打ち揚げられた…美しい自然の芸術です。

貝殻の一つ一つに、豊かな個性があって。カーブの美しいもの、薄く軽いアーチを持つもの、螺旋の中心だけが残った複雑なもの、淡いピンク、オレンジ、茶色のもの、表面にでこぼこがあるもの、反対につややかなもの。これまで存在してきたどの個体とも違い、またこれから先も全く同じ芸術は生まれようがない…。

でも考えてみると、私たちも同じですね。同じ種族、同じ科目、同じ人類…だけれども、一人一人が外見も含め、「この世で唯一」なのです。ましてやその心理の深さ、思考の複雑さ、人生からの教訓…。そんなものを考えたら、誰一人として「没個性」なんて存在はいないと分かるでしょう。

「あなたの先に、あなたのような者はなかった。また、あなたのあとに、あなたのような者も起こらない(I列王3:12)。」というのは、ソロモン王にだけではなく、私たち全員に当てはまるのではないでしょうか。

だからこそ、その個性を大切に。「あなたはあなたのままでいいよ(マルコ9:50意訳。でも他人とも、お互いの個性を尊重しあって、共存する術も学ぼうね)。」と主イエスも言っていますから。
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海までの道のり
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圧倒的な勝者
2007-01-03 Wed 16:24
最大約5億人が走る、マラソンレースがあります。5億人というと、日本の総人口の3倍くらいでしょうか。老若男女、足の早い者も遅い者も、持久力のある者もない者も、一緒になって一つのゴール目指し走ります。

マラソンというよりは、幾多の試練を乗り越える障害レースなのかもしれません。時には孤独に、しかし時にはチームプレーで、一人の勝者を生み出すためにみんなが力を合わせる場面もあります。その過程で負傷者や、死者も出るので、彼らの「俺のためにも、勝ってくれ…!」という希望を託されて、そのランナーは走り続けます。

そして、ゴール直前の最後の防壁を崩すために、たくさんの仲間が果敢にアタックします。壁を突き崩し、新しい勝者に道を切り拓くために…。そして、「開通した!」という号令と共に、みんなに背中を押され、祝福されて、その走者はゴールラインを越えるのです。

それが「あなた」なのです。今の「あなた」があるのは、父親の精子がかような巨大なレースに参加し、他の優勝候補たちと凌ぎを削って争い、数々のハードルを克服して、最後に母親の胎内で卵子と結合(受精)し、晴れて細胞分裂が始まったから。つまり、あなたは生まれながらにして、この5億にも上る「可能性」の中で、圧倒的な勝者、最高・最強・最重要な存在だったわけです。

その奇跡を、あなたの生命の誕生だけで終わらせないでください。あなたは他の誰と比べても、全くひけを取らない立派な存在なのですから。あなたにしか果たせない、かけがえのない役割があります。あなたにしか走れないレースが、きっと用意されています。だから常に心のアンテナを澄まして、あなたの人生のゴールを、目標を、神さまに問いかけてみてください。

謙虚に耳を傾ける者に、神さまはきっと答えてくれますよ。
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