後藤 秀孝
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JAPAN
皆さん、2006年もありがとうございました!
2006-12-31 Sun 22:00
もう2006年も終わりですね。
本当に皆さんありがとうございました!
来年もがんばってUPしていきますので、よろしくお願いします!
皆様、よいお年を!
With Prayer from Sri Lanka

God Bless,
ごとう ひでたか
これ以上の愛を人は持たない

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「真っ赤なお鼻のトナカイさん」
2006-12-31 Sun 18:14
クリスマスネタです。「真っ赤なお鼻のトナカイさん」と言うのは代表的なクリスマスソングですが、そこにもまたキリスト教に深く関わるメッセージが隠されているのでご紹介しましょう。
その歌詞ですが(意味がより良く分かるので、英語の歌詞を和訳/意訳(ジジイ風)してみますと)、

「昔々ある所に、ルドルフと言うトナカイがおった。
彼の鼻は飛び抜けてつやつや輝いていたんじゃ。
もしあんたが目の当たりにしたら、確かに光ってるように見えたかも知れん。
他のトナカイたちはそんなルドルフを おかしなあだ名で呼んで
笑って、虐めて、一緒に遊ぼうとはしなかった。
じゃが、ある霧の濃いクリスマスの晩、サンタクロースが村にやってきた。
そしてルドルフの輝く鼻を見て、
『ルドルフよ、お前の光る鼻はすごいな。
先頭に立って、わしのソリを引いてくれないか』と言ったんじゃ。
周囲のトナカイは「お前、すげぇよ!!」と言って
ルドルフに歓声を送った。
そして、赤鼻のトナカイ、ルドルフは
立派な功績を残したトナカイとして、歴史にその名を残したんじゃ。」

これまで価値を見出されなかった人。世間から認められなかった人。見下され、突き放され、疎外されてきた人。そんな人が実は、神さまの愛に一番近い人、神さまが必要としている人、神さまの役に立てる人、なのかもしれません。それは、聖書にもこうある通りです。

(Christmas in Sri Lanka)
Hikkaduwa_Beach

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故郷から離れて、一人年末を過ごしているあなたへ
2006-12-31 Sun 16:00
私も経験あります。1994年、ワーキングホリデーでオーストラリアにいた時、シドニーから程近い学園都市、ウールンゴンの安宿で、年末を迎えました。どれだけ辺鄙(へんぴ)な所かって?観光業が盛んなオーストラリアで、安宿(バックパッカーズ)が一つしかない。これは辺鄙です。
ちょっとした年末イベントはあって、海岸沿いのホールに遊びに行きました。でも田舎のイベントは健康的なのです。9時ぐらいには閉店解散なのです。カウントダウン?花火?そんな物ありません。

人気の無い町をうろつきながら、新年の明けを待ちました。年越しは、唯一開いていたマックで。それは私の遠い記憶に未だに残っているほど、侘しいものでした。若さと愚かさだけで、その寂しさを打ち消していたような気がします。

だから、今故郷から離れて、一人で年末を迎えているあなたに。その寂しさ、辛さを少しだけ理解している私から。
あなたのことを想って、お祈りしています。あなたにとって、2007年が実り多い、喜びと恵みに溢れたものでありますように。
99匹の羊より、迷いでてしまった1匹を捜して、救って、愛してくださる主、イエスキリストの御名において、お祈りしています。
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「神さまはいますか」
2006-12-30 Sat 17:33
神さまはいますか。そして、人には「神さま」が必要でしょうか。
こういう人もあるかも知れません。
「自分は今の生活で満足しているし、何も『宗教』に頼る必要はないんじゃない?」
「これまで自分の力で、全ての目標を達成してきたし、これからも自分に頼って進むでしょう」
「神なんていないよ。いたら戦争も飢饉も水害も、エイズも孤独死も親/子殺しも、無いはずでしょ」
「いたら私の願い事はかなっているはず。こんなに祈っているんですから」

確かに、文明は栄え経済も発展し、食料・水・住居・仕事・生命保険・その他と、私たちには何不自由なく手に入ります。教育や経験によって能力を開花させ、自分の望む人生を歩む事ができます。反面、しょう害や病で苦しんでいる人々、特にお年寄りには、今後の明るい見通しもすくなく、その周囲にいる人々をも悲しませています。そして「彼の地」(後進国)に住む人々の、悲惨な生活や抗争、難病、子どもたちのやせて窪んだ目、そんな物が毎日メディアで放送されています。

神さまはいないのでしょうか。
私たちに語りかけることなく、助けるでなく、いつまでも暗やみを歩かせるのでしょうか。
教会や神社、お寺に、ひっそりと静まり返っているだけなのでしょうか。
それとも誰か、選ばれた人々にだけ、存在するのでしょうか。
荒野での40日

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スリランカカレーについて
2006-12-28 Thu 20:20
神さまに「パキスタンでワタシ一生分のカレー食べました。もう結構です」と言っていたらここスリランカでもまたカレー。何ともカレーなる人生なのですが、ここスリランカの現地メシも非常にユニークなのでご紹介させていただきましょう。

通常、ローカルの通うレストランでは、選択肢などあまりありません。日替わりの野菜カレーが3~4種類、そしてチキンや魚のカレーをメインに据える、と言うのが基本です。店によっては、それ以外にサモサ(スパイス入りコロッケみたいな物?)・揚げ春巻き(みたいな物?)などもあわせて食べられます。

盛り付けはあくまでもいい加減。清潔感?忘れてください。お皿の上に、薄いラップのような物をひいて、その上に食事を盛り付けたり、店によっては皿洗い用の水が張ってあることもあります(セルフサービスで洗います)。

白いご飯のキャンバスに、ダール(豆)、インゲンやオクラなどの緑系、ココナツの果肉をスパイスで和えたもの、ポテトや時にはマンゴーのカレーなどが盛られ、色を添えます。その中心に、お好みでチキン・魚カレーなどを投入し、完成。食べる時には2つ以上のテイストを混ぜ合わせながら頂きます。

また、付け合せに出てくるのが餃子の皮を揚げたようなスナック(パリパリ感がたまらない)と、塩っ辛い干し魚、そして熱く沸き立っている油で揚げた、赤唐辛子のフライ。特に唐辛子フライは外はパリパリで中の種が異常に辛いのです。また、へたの部分(上部)に近づくにつれ辛さもアップ!辛いの好きな人にはス国独自の食生活は堪りません。

パキスタンの現場(カシミール山奥)では豆なら豆カレー、以上!みたいな食生活でしたので、スリランカカレーの多様性はうれしい限りなのです(でも太りそう)。

神さまありがとう! In the name of Jesus 頂きます。」食前の感謝の祈りを静かに捧げ、今日も元気にスリランカの食文化を楽しんでいます。
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Choose to Rejoice
2006-12-28 Thu 14:31
12月25日の夜は、激しい戦いの晩でした(クリスマスじゃねーのかよ)。それと言うのも、私が今取りかかっている“Christian-TV(CTV)”構想で、スリランカのPeople’s Churchとコラボで実験ができそうなのですが、そこに持ち込む放送番組の案で妻と衝突があったのです。

衝突の内容は、

週一、30分のフレームをスリランカ政府・テレビ局と交渉中の教会に、
①とにかく幅広くバラエティに富んだ、18もの番組案を提案しようと言う妻と、
②選択と集中で、ベスト3種ほどを更に詳細まで絞りこんで、提案してはどうかと言う私

クリスチャンの伝道と啓蒙番組、だったのに健康・料理番組や仕舞いにはセサミ系人形劇という、あまりに幅広な妻の番組構成に、「どうやって他局と差別化するの?」「何で料理番組をわざわざこのクリスチャンTVで見なきゃいけないの?」「人形劇で何を伝えるの?」などなどとつっこんだ質問をする私。「私はアイディアを提供するだけだから。あとは教会の人が考えるのよ。」と返す妻に、「それじゃあ教会の人を含めてブレインストームした方が早いんじゃない」「その方が、自分のアイディアの押し付けにならずに済むし」「一人でできる事は限られているんだから、最初から教会のキーパーソンを含めるようにした方が楽だよ。」

などなど、後藤がコメントします。妻の穴だらけの議論に、いい加減「これってどうよ…」と思ってしまったのが態度に出たのか、妻が沸騰しはじめたのが分かりました。(沸点低いです!)
天使

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津波
2006-12-26 Tue 20:00
インド南部の海岸で、タミール人の男性がひとり海に向かい怒声を上げ、わめき立て、水を蹴り上げて呪っていました。狂人かと思いつつも、恐る恐る牧師が近づくと、波の怒号に紛れて男性が叫んでいる内容が聞こえてきたそうです。
「お前のせいで、俺は全てを失った」「なぜ俺の子どもを全部飲み込んでしまったんだ」「なぜ俺の命を代わりに取らなかった」「なぜ一人も帰してくれなかった」「なぜ…」
彼の叫びの意味を察した牧師が、波打ち際の彼に更に少しずつ近づいて、タミール語で魂の慰め歌を歌い始めました。最初は小さく。徐々に大きく、遂には波の音に負けないくらいのボリュームでもって。
すると、その男性がタミール人牧師の歌声に気付いて、海に向かって叫ぶのを止め、ふらりと近づいてきたそうです。最初は「何かされるのでは」と言う懸念で、内心穏やかでなかった牧師は、それでも歌い続けました。
男性は更に近づいてきました。そして、牧師が気付くと、その怒りと興奮に囚われていた男性の頭が、牧師の肩に押し付けられていたのです。男性の目からは涙がぽろぽろとこぼれて止まりませんでした。そして、もちろん牧師の目からも…。
その後牧師は、男性から「過去6日間、私は怒りに苛(さいな)まれて、涙などこぼさなかった…。泣くことを思い出させてくれて、ありがとう。」と言われ、感謝されたそうです。

今日26日は、ここスリランカだけでなく、インド、タイ、インドネシア等で多くの人々の命を奪い、またその何倍もの人々の人生を変えた、2004年12月26日の津波から、数えて2年目の「津波の日」です。
外見も、言葉も、宗教も、年齢も、学歴も、違う私たちだけれど。人が人であることに変わりなく。愛する者を失った人の悲しみは、辛さや無力感は、世界共通だと思うのです。同じ痛みを理解できる人間として。皆さん、今日はこうして津波で命を失った人と、また、二度と戻らない幸福な思い出から、未だに立ち直れない、被災者の家族のために、祈って下さい。

我らの主、イエスキリストの慈しみと愛が、未だに人生の闇にあって苦しんでいる人々のこころを癒し、彼らが再び立ちあがり、感謝と喜びの涙を流すことができる日が来ますように。彼らが主によって導かれ、内なる平安と幸せの泉を見いだすことができますように。
義と愛とまことに溢れた主イエスの御名によって、お祈りいたします。
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もしもピアノが弾けたなら
2006-12-25 Mon 20:00
神さまが下さった「いのちの贈り物。」
一体 私に何がお返しできるでしょう。

もしも私が山羊飼いなら、とびっきりの子山羊を上げよう。
もしも歌手なら、最も美しいあの歌を歌おう。
もしも賢者なら、知恵を尽くしてお返ししよう。
もしも商人なら、一番高価なあの着物を贈ろう。

神さまが下さった「いのちの贈り物。」
一体 私に何がお返しできるだろう。

でも、もしも私が何者でもなく、
私が「いのち」の代価として返せるものを
何も持っていないとしても。

私は私の魂を、人生を
神さま、あなたに差し出しましょう。
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クリスマスって?
2006-12-24 Sun 22:18
サンタクロースとプレゼント、「Last Christmas I gave you my heart」、レインボーブリッジの夜景(綺麗だね…)、ゴージャスな夕食と彼氏彼女、ではないんですよ。身近な例から、本当のクリスマスの意味を考察してみましょうか。

その身近な例とは、クリスマス・ツリーの装飾です。その飾りには、主イエスの誕生を祝うたくさんの要素が含まれているんですよ。

まず、鐘のオーナメント(飾り)。鐘は牧者(つまりキリスト)が迷った羊を探す時に、羊の注意を引くために使います。
天使の飾りは、主イエスの誕生を告げるHerald Angel(「Halk! The Herald Angel sings,」)を象徴しています。
ギフトボックスは、神さまが私たちに下さった贈り物、神の一人子である主イエスキリストそのものです。
キャンディスティックの飾りは、牧者の杖のデフォルメ。またアルファベットの“J(はもちろんJESUSのJ)”をモチーフにしていますね。
そして、ツリーのてっぺんに鎮座する大きな星は、主イエスが誕生した晩に、天に現われた大きな光。東方の博士たち、羊飼いたち、その他大勢をベツレヘムの厩舎に導いた、聖霊の光です。

様々なコマーシャルの影響で、歪曲されてしまっていますが、真のクリスマスの意味とは主イエスキリストの誕生を祝うものなのです。そして私たちの多くが、彼の生き方、彼の愛を知り、自分たちの犯した罪を悔い改め、ついてしまったシミやシワを掃い、主に立ち返って人生を真新しく始める、そんなきっかけになり得る大切な日なのです。

神さま、主イエスの愛と真理を、私たちに与えてください。Merry Christmasが単に楽しいだけのクリスマスでなく、私たちのこれからの人生を大きく変える、大切な分岐点となりますように。私たちを幸せで満たしてください、その幸せで他の人も満たすことができるように。私たちを、あなたの平和の目的のために、お使いください。

Wishing you a Very Merry Christmas and a Happy New Year!! スリランカより祈りを込めて。
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砲弾の音?
2006-12-22 Fri 20:00
12月1日、私が丁度、事業地であるハンバントタからコロンボに戻る道中でのこと。シンハラ人のドライバー、ダヌーシュカが突然ラジオのボリュームを上げ、「Bomb in Kollupitiya」と片言の英語で伝えてきました。その時、携帯がなり、コロンボに居た部下のグネさんからも同様の報告が。事の真相は、防衛庁長官補佐を狙った暗殺ミッションで、コロンボの中心部であるコルピティヤで自爆テロが発生したのです。
それ以外にも毎週のように、手榴弾やクレイモア地雷による政府高官の暗殺未遂事件などが起こっている現状で、首都も含めスリランカの治安状況は必ずしも良い物ではありません。また最近仕入れた情報によると、反政府組織であるタミール・イラーム解放のトラ(LTTE)が敵視して、「Wanted – dead or alive」リストの最高位に入っている役人が、実はごとう家から直線距離で100mtもないところに住んでいることが判明(確かに24時間スリランカ軍が警備してる)。いつドンパチあるか分からない状況が、あら、目の前にあったのね。みたいな感じです。

そんな状況下で、金曜夜に帰宅し、あら妻は教会に外出、食べる物もなく、疲れて汗臭い。故とりあえずシャワーを浴びていると、「ヒューン、バーン」と言う炸裂音が近隣で響き渡りました。その直後、「バンバンバン」と乾いた連射音が立て続けに起こりました。あらら、ついにこの辺も戒厳令かよ…。などと思いつつ、急いで服を着ると、いつでも動ける態勢を整えました。

お隣の大家のところにテレビがあるので、何か情報が得られるかも…と思って外に出ると、使用人のタミール人が空を指差して何か訴えています。すると、ピカッ!バーン、パラパラパラ…と、夜空にきらめく花火に対面したのです。

なんだよ、俺って超臆病者じゃん…と卑屈になりながらも、これが花火でよかった、と思わされたのでした。私の一時の恐怖を笑うように、ヒュー、バーン!バンバンとか言いながら、空に大輪の花が咲いていました。

私たちが日々、何気なく享受している「安全」という尊いもの。奪われてみないと気付かないこと、実はたくさんありますね…。だからこそ、今困っている人たち、他人の苦しみや痛みに想いを馳せて、「自分だったらどう感じるだろう」と考えてみる必要があるのではないでしょうか。
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太平洋上空一万メートルで
2006-12-21 Thu 20:00
2004年12月1日の晩、葬儀屋の輸入・購買担当者としてロスへ出張時のことでした。窓際の座席で表の暗闇を見ながら、色々な事に思いを馳せていたところ、上空一万メートルであれば天国に少しは近いのではないか、という安直な考えから私は祈り始めました。草加神召教会で知り合ったサニー兄弟が、脳卒中で倒れ入院していたので、彼の健康について。また、神さまと主イエスキリストについて、もっと深く理解できるように祈りました。

旅客が眠れるようにと、暗くなった機内で手を合わせ祈りました。すると、私に言葉が与えられたのです。それが声だったのか、テキストだったのか、映像だったのかは覚えておらず、また話を神秘チックにするつもりもありません。その時ただ、聖書の一節で“わたしはある(出エジプト3:14)。”とだけ心に届いたのです。

あまりに漠然とした答えに「はい?そうですか。」としか返せませんでしたが、神さま、あなたが“ある”ことだけは昔から何となく知っていましたよ。山の緑にも、突然の夕立にも、月の周囲に掛かった光の輪にも、あなたの存在は感じていましたから。でもいくら素人クリスチャンでも、それくらいはもう分かってますけど。

あなたを心から信じる為に、もっと分かり易く教えて下さい。もう少し具体的に…。そう考えて祈り続けていると、やれやれ、次の言葉がパラパラと開いた聖書の一ページから、飛び出してきました。

“わたしはあなたを知っている。(ヨハネ10:27)”

そうですね…神さま、あなたは私の心の秘密を知り(詩篇44:21)、頭の毛の数を知り(マタイ10:30)、次に何を喋るかもお見通しなんですよね(詩篇139:1~4)…知っていてくれてありがとう。
確かに、この世の誰も知らない「私」を、深く理解してくださっているのは、あなたしか居ないのだけれど。でも、まだ不安なんです。100%信じて自分を差し出せないんです。神さまごめんなさい。

その頃機内では明かりがついて、夕食や飲み物が配られ始め、それまで静かだった機内にざわめきがもどりました。そんな中、スチュワーデスのサービスも無視し、神さまにしつこく(しつこさ、大事です。)尋ね続けると、遂に最後の言葉、心を満たしてやまない、その言葉が私に与えられました。

“わたしはあなたを愛している。(イザヤ43:4)”

ああ、そうですか…。自分は外面は偉そうだけれど、中身は臆病で、冷めてて、何事にも本気になれなくて、愛されたことも、愛したこともなく、見栄っ張りのエゴ人間です。それを知っていて尚、愛して下さるんですか…?

私は急いで、頂いた言葉をメモ帳に書き込んで、ついでに機内食にも手を伸ばしました。味気ないアペタイザーとビールを飲み込みながら、実は感謝の気持ちで一杯だったのです。ほっておくと涙が溢れて止まらなかったんです。

神さま、ありがとうございます。気付けば、私にはそれで十分です。その言葉で救われました。あなたのその一言で、怖れる事無く明日への一歩を踏み出せます。例え死ぬとしても、希望を持って前のめりに倒れることができるようになりました。ありがとう…。

考えてみると、この頃から、私と神さまとの本当の“お付き合い”が始まったのです。
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言葉の色彩
2006-12-20 Wed 16:00
伝道の仕事のみならず、言葉を使った仕事、営業、接客、教育、その他その他…どんなフィールドであっても、あなたのコミュニケーション能力が、あなたの成功の度合いを決定付けると言っても過言ではないでしょう。
私が今岐路に立たされており、神さまから尻を叩かれながら勉強しているのは、「自分の思いをいかに伝えるか」と言うことです。
どんなに良い商品、どんなに素晴らしいアイデアでも、売られなければなりません。つまりPRです。宣伝広告です。性能でトヨタを超える車両をあなたがガレージで開発しても、そのコンセプトや機構を売り込まねば誰も見向きもしません。逆に、コミュニケーション能力に長けたセールスマンは「エスキモーに冷蔵庫を売る」こともできるのです。
ここにチャレンジがあります。何が成功と失敗、良し悪しを分けるのか…?いろいろな点から議論できるのですが(それは私の先生、巨匠ディールカーネギー氏にお任せしましょう)、私の今のテーマは「言葉に色をつける工夫」です。

「言葉に色をつける作業」…?と言うのは、あなたの話を通じて、聴いている人々があなたの頭の中にある映像、記憶と、同じ絵を共有するための作業のことです。友人とのコーヒーを挟んだ会話でも、聴衆を目の前にした演説でも、彼らの創造力のレイヤーに写真や音楽、臭い、肌触りなどを乗せていき、あなたの経験をあたかも聴衆がみんなで追体験するような、そんなインパクトのある話術のことです。

言葉に色彩を持たせるには、ではどうしたらいいのでしょうか…?自分の頭からは、「分かりやすい構成を心がける」「形容詞系ボキャブラリーを増やす」「アウトプットはインプットに左右されるので、まず思考をフルカラーにする。」その為に「何事にも好奇心と興味を持って接すること」「もっとディテールにこだわって見ること」「色や香り、光の明暗、そんなものにもっと注意を払うこと」などなど、いろいろな提言がでてきます。

確かに、これまでモノクロの思考でモノクロの世界を見ていた私にとっては、世界はダルく変化の乏しいものでした。ですから会話の中でも「言葉による彩色」「言葉による味付け」にこだわることなく、つまらなく間の持たない話に終始していたような気がします。「気まずい沈黙」が場を支配することなどしょっちゅうです。そこから会話への苦手意識がついてしまい、「いい聞き役」にはなれても、「会話アーティスト」には程遠い感じだったのです。

だから、「言葉に色彩を」なのです。ブログ書きにも努力して、「色付け」「構成」「BGM」「香り」を加えていくつもりなので、読者の皆さまもごとうの記述に前向きな変化が見られたら「よしよし」と思ってください(先行してありがとう)。アドバイス・建設的な批判大歓迎します。

読者の皆さま、これからもどうぞよろしく。
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競争
2006-12-19 Tue 20:44
魚は 他の魚と競争するでしょうか。
確かに、彼らはお互いにえさを取り合い、食べ合います。
でも、そうした純粋な生存競争を除いて、
故意に他の魚を陥れたり、いじめたり、仲間はずれにしたりするでしょうか。

色も形も大きさも違う他の種族とも、共存する道を彼らは理解しているように思えてなりません。

ではなぜ、魚などより遥かに高度な人間が、同種族の中で争うのでしょう。それは、心の中に巣食った「乏しさ」が原因なのではないでしょうか。いや、「乏しさ」ですらなく、「乏しさ」への恐怖が、人を競争に駆り立てるのかも知れませんね。

他人より もっと多く
他人より もっと美しく
他人より もっと上に
他人より もっともっと…

人間の愚かさや、醜さ、争いの種…それら全ては その人の心に巣食った「乏しさ」「欠乏」の恐怖から来ているのでしょう。

でも、神さまは違うといっていますね。「他人よりOO」ではなく、「あなたはありのままでよい」
「ありのままのあなたを愛している」と。

この世で私たちが頼りにしているもの、富や家や車やコネ、それがどれだけはかなく頼りないものなのか。大病を患ったり、借金地獄に落ちたり、身内の誰かを亡くさなくても、私たちには気付くことができます。

だから、皆さんに、神さまの愛を知って欲しいのです。
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番外編;スリランカの物価について
2006-12-18 Mon 20:00
海外に出る際気になるのは、その国の物価です。アメリカやEU圏に向かう時は、日本の物価水準がある程度適合しますが、開発途上にある国では桁違いの札束に目を見張ることがあります(友人の話で、アフリカのザンビアでは300ドルも換金すると、札束がどさ、どさどさどさ、とアタッシュケースが埋まるほど貰える、とか。)

ここスリランカの通貨は、スリランカルピーといって、2006年12月現在の為替レートは91ルピー/100円、と言う感じ。皆さんに分かりやすいよう、以下に大体の料金を挙げておきますね。

バス初乗り;5ルピー
電車(約2時間半の道のり);3等=50ルピー、2等=91ルピー
昼飯(外食、もちろんカレー);50~80ルピー
中華料理屋で夜外食;一人500~1,000ルピー
ホテルのイタリアン屋で夜外食;一人1,000~3,000ルピー
水(5リッター);100ルピー
コーラ;ビン250ml 30ルピー、缶350ml 60ルピー(輸入物のため)
地ビール(酒屋で購入時);60~120ルピー(ビンは要返却)
リクシャー;初乗り50ルピー(後は交渉次第)
野菜;20~100ルピー程度
家賃(キッチン・シャワー・トイレ・2部屋(トータル40畳くらい?)で);25,000ルピー
ラップトップコンピューター(中古IBM、セレロン800Mhz、HDD40GB、メモリ256程度);10万ルピー
アドビアフターイフェクト(もちろん海賊版);100ルピー~
中古車;日本で50万程度のトヨタが、250万ルピーくらいに(税金による)

大卒の初任給;10,000ルピー~

と言うのが大体の目安でしょうか。貧しい人はとことん貧しく、金持ちは超金持ちと言うのが、途上国では良くあるパターンですね。だからこんなに高い車も、普及率は意外と高いのです。(反面PC本体、パーツなどはネット通販の方が安かったりしますね。だからPC屋に行く度「高い!」とうなってしまいます。)
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なぜ x 5
2006-12-17 Sun 20:00
今日は「なぜ×5回」のエクササイズをご紹介しましょう。この方法は物事の根本的な理由に迫り、あなた自身をもっと良く知ったり、解決策を練るために非常に有効なので、ぜひ時間をとって試してくださいね。

必要なもの;紙とペン
所要時間;10分~

やり方は以下のように。
① あなたが現在抱えている目標、考えや悩み(学校、仕事、家庭、人間関係…)を端的に書き出す。例;「OO大に進学して、OO学を学びたい」「今の会社で仕事を続けるべきか、転職すべきか」「今の生活を、OOのように変えたい」など。
② それに対して、なぜ?と問う。
③ 出てきた回答を書き取り、また派生してきた考えに対して更に、なぜ?
④ それを計5回、繰り返す。
⑤ そうすると、ノイズや飾りの取れた、本当の理由が見えてきます。

最初は出てくる回答の方向性が若干的を外れ、脱線することもあります。それは気にせず、「あ、ちょっと違うな」と思ったら別枠問題として扱うか、再度問い直せばいいのです。
100%の正解なんてありませんし、あなたが自分自身(+神さま)で行なう個人エクササイズですから、胸の奥のもやもやが吹っ切れ、視界がはっきりとすればいいのです。あなたの満足のいくまで、あなたの「ハートの理由」を書き連ねていけばいいのです。

例えば、私の場合の「なぜ x5」は、このように行きました。これはちょうど、民間企業からNGOへ転職する直前に行なったセッションです。

タイトル;NGOに転職し、慈善事業を行なう。
①「なぜ慈善事業なのか?」
他人の命を救い、彼らの人生に希望を与えることだからだ。
②「なぜ海外に出て、見ず知らずの他人を助けようとするのか?(日本にも苦しんでいる人はたくさんいる。)」
もし神が我々を創造されたなら、人種・国籍関係なく、皆兄弟姉妹ではないか。私はそれを信じる。(また、食糧事情・水、治安、交通、住環境など…日本にいること自体、すばらしい境遇であることが皆見えていない。)
③「なぜ自分の家庭を蔑(ないがし)ろにし、他人を助けるのか」
自分もこれまでたくさんの人に助けられてきた。その恩返しができないまま、ここまで来てしまった。私を産んで、受け入れてくれたこの世界に、兄弟姉妹に、間接的にであれ恩返しをしたいと思う。
また自分の家庭を蔑ろにしているつもりもない。給料は確かに安いが、この団体から得られる職能・現場での経験値は金銭に変えられないほど、すばらしい物だと信じるからだ。積み重ねた実務能力は、今後何をするにせよ、必ず大きな財産となるはずだ。
④「なぜ実務能力にこだわるのか」
私に欠けている物だから。確かに留学・企業研究などで頭の知識はついた。しかしそれを習慣として浸透させ、現場の流動的な状況の中で実践し、必要に応じて改善するというところまで落とし込めていない。事業全体を把握し、管理しなければならない海外事業部の仕事は、第一線でこの実務能力を磨くのに最適だろう。
これ以後、たとえ宣教の道に入るとしても、こうした実務管理能力は大切な財産となる。
⑤-1「なぜ恩返しの必要があるのか」
私が恥知らずではなく、感謝の気持ちを忘れていないからだ。そしてそれは、神に対する感謝、主イエスの十字架の死に対する感謝から、強い影響を受けていることも否めない。
全ては神から与えられ、全ては神の栄光に帰す。縁も恩も、感謝して受け取り、そして神から与えられた役割り、自分の「分」を果たすだけだ。
⑤-2「なぜ最終的な希望が宣教なら、その道にすぐ飛び込んでしまわないのか?(派生問題→ここから既に次のトピックに入っていますね。必要に応じて、別トピックとして継続してください。)」
今は助走期間だと思っている。得られるだけの情報、職能、技術、そうしたものを吸収し、人脈を作り、飛躍の時に備える時期だと。

自分の中の「なぜ」がはっきりしていると、人生の岐路に立たされた時、自分を見失わずにすみます。また、今後の進路に対しても迷いがなくなります。今ちょうど年度替りということで、是非このエクササイズを実行されてみてはいかがでしょう。
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「信仰の自由」の尊さ
2006-12-16 Sat 19:51
パキスタンから帰り、日本、またここスリランカでも「信仰の自由」の尊さを改めて感じさせられます。最近私たちが目にした証言を挙げてみましょう。

パキスタンのカラチから、約2ヶ月前に亡命してきた、エステルさんとその娘、マリアさんの話です。彼女らは裕福なムスリム家庭の出で、親はパキスタン政府の要人、兄弟たちも政財界・産業界で頭角を現し、何不自由なく暮らしていました。しかし、通信教育で主イエスキリストの愛と恵みに触れ、これまでの人生と今後のことを真剣に考えたそうです。
概略を述べると、パキスタンでのキリスト教徒迫害は、彼らの生活の一部、現実です。イスラマバードのブルーエリア(繁華街)の裏、2ブロックも入りますと、その繁華街から出る汚水が流れ込む小さな運河があります。その周辺に貧困者層が集まってスラムを形成するのです。汚水の臭いと、ハエや蚊が大量に発生することで衛生状態は悪く、電力供給も気まぐれでよく停電します。就職も難しく、キリスト教徒であることが分かればくびになったり、職歴に劣る人材でもムスリムであるがゆえに優先的に採用されたりということが、首都でさえあるようです。このように、信仰の違いで、雇用・給与・学歴にまで影響が出、親が貧しく子どもに満足な教育が施せなければ、子もそのままハウスメイドや掃除人夫として低い階級にとどまってしまう、ネガティブスパイラルに陥るのです。

そんな環境の中、エステルさんは持ち前の責任感と行動力で、パキスタン国内で迫害差別されているキリスト教徒の立場を向上させるため、委員会を立ち上げその指導者として活動を始めました。すると、一族郎党から大反対の声が上がり、実の肉親からも止めるよう脅され、暴力を受けたり、軟禁されたりしたそうです。
そして、娘のマリアも信仰に目覚めたのですが、その頃彼女のお見合い話が持ち上がりました。相手は新興のムスリムビジネスマンで、マリアはこれまでの母に対する扱いなどからも「ムスリムとは結婚したくない」と日々エステルに訴えかけていたのです。
そこで彼女たちは、一大決心をしました。宗教の自由がある程度保障されている、スリランカへの一時亡命です。その時は亡命後の行く先など、全く考えもせず、「主が共にいてくださる」という信仰によって、取るものもとりあえず、出国したのです。
その後、パキスタンに残された彼女の3人の息子たち、また肉親からの声が風の便りに乗って届きました。地元の有力者であるがゆえに、父親はエステルさんの亡命を恥と受け止め、「帰国はさせない。もししたら殺す」と息巻いているそうです。
当該状況を受け、政治亡命という名目で受け入れ許可を打診してきた国があり、亡命後3ヶ月ほどで、彼女たちの進路が決まりました。亡命後もその国で生活保障と教育のための支援を受け、以後自立した生活を営むことができるようになっているとのこと。これまで全力で彼女たちを支持してきた、スリランカのクリスチャンコミュニティからも、喜びの叫びが沸きあがったのでした。

私たちが当たり前に受けている「信仰の自由」は、世界ではここまで苦労して、戦い抜いて、初めて得られる物でもあるのです。その大切さを改めて理解しなければなりません。

(この記事はムスリムに対する偏見を助長することを意図したものではないので、逆の立場からも少し説明させて頂くと、創立者ムハンマドがコーランの中で述べている通り、「他の信仰の自由を尊重する」「男女ともに平等に教育を受ける必要がある」「聖書を読まずして真のムスリムとは言えない」など、本当のムスリムとは他人の思想に対して強制したり迫害する者ではなく、むしろ尊び、協調を愛する信仰なのだ、と言うことができると思います。「イスラム」と言う言葉が、直訳すると「Religion of Peace = 平和の宗教」となるように。
問題は、口だけムスリム、口だけクリスチャン、口だけ平和主義者、そんな思想に行動が伴わない、エゴセントリックな人間、悪例が存在することです。こうした人々が権力や影響力を悪用して社会を汚染し、またそれがマスコミなどにも取り上げられ偏見を増長している、と言うことではないでしょうか。私の知り合いのムスリムたちには、偏見や差別観を持たず、自分の主張や論理を押し付けず、本当に平和と協調を愛する人々がたくさん居ます。
ですから、マリアの誕生パーティが催された12月の4日、ムスリムに恨み節のエステルさんに、「主がユダヤ人たちを赦したように、そのように、あなたがいつか肉親も含め、ムスリムの人たちを赦すことができるように。」とお祈りしておきました。彼女が怒りや恐怖から解き放たれて、本当の理解に目覚め、赦しが得られるよう。そんな日が遠からず来ますように。)
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“Christian”から“Christ”をとったら
2006-12-15 Fri 19:51
“Christian”から“Christ”をとったら、何になるかお分かりでしょうか…。

“I. A. N.,”
=“I Am Nothing”

そうです。無になります。
だから、常に主に目を向け、主にあって、信仰の道に歩みましょう。
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神はあなたの問いを恐れない
2006-12-14 Thu 20:00
人によっては、神さまに質問を投げかけるなど「大それた、不遜(ふそん)な」「神を試みることだ」「あなたは一体何者で、神に質問するのか」というかも知れません。
本当にそうでしょうか。神は、私たちの純粋な質問を、拒絶するでしょうか。

そんな事はないでしょう。全能の神が、一人の人間の真摯な質問を、邪険に扱うわけがありません。
神が、聖書にあるような神ならです。神が、私たちが信頼し、愛している神ならです。人がどう言おうと、神はあなたの質問を恐れたり、「何でそんな事を聞くのか」と眉を顰(ひそ)めたりするような方ではありません。

ならば、大胆に聞こうではありませんか。質問を投げかけようではありませんか。

「神よ、いつまでですか」
「いつまで苦しまなければならないのでしょう」
病院のベッドで、余命僅かな老婆が、若い牧師に語りかけました。
「牧師さん。私はこれまで、健康と、家族のために祈り続けてきました。私の通っていた教会のメンバーたちも、毎週熱心に癒しの祈りを捧げてくれています。でも、私の病は一向に改善せず、私の4人の息子たちも、主に立ち返ることを拒んでいます。
現実に、私はもうすぐ死ぬでしょう。私の祈りは聞かれぬまま、私は逝くのです。」
その年若い牧師は、何を言うべきか分かりませんでした。しばらくの沈黙の後、彼は老婆に語りかけました。
「あなたの肉体の死と、あなたの祈りに何の関係があるでしょう。あなたの肉体は死ぬかもしれませんが、あなたの祈りは生き続けます。神が必ず、あなたの祈りをかなえて下さいます。」

その会話の数時間後、彼女は天に召されました。

粛々と執り行われるご葬儀の席で、老婆の4人の息子たちを見かけた牧師が、老婆の生前の祈りを、彼らに伝えました。するとどうでしょう。その日から、その4人の息子たちは再び主イエスに信頼し、神の愛にすがるようになったのです。

今や彼女の魂は天国で、老いや苦痛から解き放たれて、安らかに憩っているでしょう。そして、一度迷い出た彼女の息子たちは、再び主の道に戻りました。彼女の願いは叶ったのです。

たとえ肉体が滅びても、祈りは生き続けます。
神の約束は、必ず成就します。
予言は、現実のものとなります。
祈りは、聞かれます。
ならば、私たちは信仰に固く立って、神の答えを待つべきではないでしょうか。
神の回答は、救いは、遅れることがないのですから。
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あなたが行動する時に
2006-12-13 Wed 20:00
あなたがこれまでの生活パターンから抜け出して、心機一転新しい事業や活動を開始しようとする時、どんな事が起こるでしょう。周囲からの激励でしょうか。拍手喝采でしょうか。支えてくれる人々からの援助でしょうか。
現在、多くの人々からそのように暖かく迎えられている人は幸いです。あなたはこれまでに、非常に多くの愛情、苦労や自己犠牲を払い、そのような関係を築いたに違いありませんから。

しかし、こう言って差しつかえなければ、全ての人間関係において、励ましや後押しを得られるようなポジ*な人々に囲まれている人は、かえって稀かも知れませんね。例えばあなたが「アメリカに留学する」「自立して、経営者になる」「田舎に引っ越して、農業を営む」「お笑い芸人を目指す」等、これまでの生き方と異なる方向性、視野の目標を掲げた途端「ダメ出し」みたいなケースは存在すると思います。「そんな馬鹿げたこと止めなさい」「無理無理、できっこないよ」「これからの生活、どうするつもり」「両親、子どもはどうなるの」などなど。失敗する理由、失敗による損失、家族への責任、そうした物を取り上げて、あなたを縛りつけようとします。
(*ポジ=Positive)

私がNGOに転職を決めた時も、両親、兄弟や友人からの批判や拒絶はありました。正直に言って、妻が一番の反対者でした。転職してから4ヶ月後、パキスタン地震被災者の支援に向かった時は、妻以外の家族には内緒で出発しました。「我が道を往く」私でも、愛する人々からの反対や批判、拒絶は耐えるのが辛い物だったからです。

そんな私に語りかけて、励ましてくれた聖書の章節があります。

「私は逆らわず、うしろに退きもせず、打つ者に私の背中をまかせ、
ひげを抜く者に私の頬をまかせ、侮辱されても、つばきをかけられても、
私の顔を隠さなかった(イザヤ50:6)。」
批判する者には批判を、拒絶する者には拒絶を、させておきなさい。主もご自身で創造されたこの世に来たのに、最後には民から否定・拒絶され、うち捨てられました。しかしそうした逆境、敵意や無理解にもかかわらず、主イエスの目は、大いなる目標から決して離れなかったのです。

「…さあ、行きなさい。いいですか。わたしがあなたがたを遣わすのは、狼の中に子羊を送り出すようなものです。
財布も旅行袋も持たず、くつもはかずに行きなさい(ルカ10:3~4)。」
今こそ行動の時です。落ち込んだり、再考したり、酒を飲んだり、「夢」を語っている場合ではありません。その「夢」を行動に移す時です。あなたの本当の人生を生きる時です。

「神は悩んでいる者をその悩みの中で助け出し、そのしいたげの中で彼らの耳を開かれる(ヨブ36:15)。」
こうした激しい批判や拒絶の波の中だからこそ、主イエスから目を離さないようにしましょう。主はあなたと共にあって、教え、訓戒し、道を照らし、会うべき人を備え、必ず目標を達成させて下さいます。

「あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。
主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない(詩篇55:22)。」
そして何より、主はあなたのことを気にかけて下さっています。あなたが正しい道に歩み、信仰によってあなたの分を果たすなら、必ずそのあわれみと平安、愛を与えて下さいます。

あなたの人生が、神の栄光と力、豊かな恵みに溢れたものであるように!アーメン。
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Extension of Life
2006-12-12 Tue 19:00
今日はスリランカで出会った二人のクリスチャンについて、お話したいと思います。
一人目は、People’s Church Colomboの創始者である、コールトン牧師。そしてもう一人は、国連機関・LTTE重要人物の周辺で、長年危機管理職員として活動されてきたラビさんです。
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Show no fear in the face of your enemy
2006-12-11 Mon 18:59
波の高い海岸で海水浴をした経験のある方ならご理解頂けると思いますが、高波があなた目がけ、今にも波頭を叩きつけようとしている時、一番してはならないことは「背を向けて逃げる」ことです。
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神の護り
2006-12-10 Sun 20:00
この世界で生きる上で、最も大切な事は
あなたの心に、嵐にも、砲弾にも揺るがない
強固な防壁を築くことではない。
あなたの心に、誰にも本心を覗かれない
表情のない仮面をかぶせる事でもない。
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神さまが私たちを創造した
2006-12-09 Sat 20:20
1. 神さまが私たちを創造した目的;
神さまは、私たちを愛しています。そして、私たちに大いなる平安と、豊かで永遠なるいのちに到って欲しいと望んでおられるのです。

それは、聖書にもこうある通りです。
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人生の嵐にも感謝
2006-12-09 Sat 19:11
「艱難(かんなん)汝を玉にす」という名言があります。厳しい批判に囲まれ、やることなすこと失敗ばかり。不幸や人生の谷が、あたかも害意を持ち、あなたを執拗に追跡してくる。そんな人生の辛い時期にこそ、あなたの中の才能や、個性が育まれ、鍛えられていくのです。
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テント作りの最中に
2006-12-08 Fri 20:20
2006年4月、私がまだパキスタン側カシミールの山奥で、学校用テントの設営を行っていた時のことです。持ち込んだ部品の一部が破損しており、作業していた学生たちが困った顔で「Problem」と言ってきました。
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瞳に涙、心に感謝
2006-12-07 Thu 21:35
かつての親友に裏切られたり
他人の欲望の食い物にされたり
怒りで他を傷つけてしまったり
踏み止まらねばならない局面で逃げ出したり
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Forgive our sins as we forgive others who sin against us
2006-12-06 Wed 15:29
妻がある時、「ああ、あの本まだJ兄弟に貸しっぱなしだった。会うたびに返して、って言ったのに、信じられない」
と言いました。教会で仲良くしている兄弟なのですが、未だに本一冊の恨みを覚えているとは恐ろしい。確かに洋書のキリスト教関連書籍は高価だし、特に思い入れの深い本ならば悔しさ倍増かもしれませんが。

しかし、私が妻に思い出させたのは、彼女が食事の前に告げる祈りの一節です。
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スリラン蚊の一念
2006-12-05 Tue 15:21
スリランカ南部のハンバントタ出張で頭が痛いのは、サルが屋根の上でうるさい、インターネットがモデム接続で遅い、食事があまり美味しくない、などということもありますが、堂々の一位は「スリラン蚊(ただの蚊です)」になるでしょう。彼女らはヒッチコックの「鳥」、また最近のRef.では「スターシップトルーパー」の昆虫エイリアン並に執拗な攻撃を仕掛けてくるのです。
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言葉の大切さ
2006-12-04 Mon 15:17
スリランカの南部、ハンバントタ県はシリボプラ村で、子どもの課外活動をモニタリングに行った時のこと。英語の先生が「ガイジン」である私に、簡単なスピーチを求めてきたので、現場で痛感させられてきた言葉の利点や重要さについて語りました。
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私たち日本人が、海外で人道支援をする理由
2006-12-03 Sun 14:55
私たちが海外に出て、時に熱病やテロ、戦闘行為の恐怖と戦いながらも人助けをする理由とは何でしょうか。「正しいことだから」というのはもっともです。そして、実は日本人は他の国民にはない、非常にユニークな特性を持った民族である、ということができるでしょう。
その答えは私たちの歴史にあり、地質や気候にあります。
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